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点と線(三)香椎駅と西鉄香椎駅02

时间: 2018-01-12    进入日语论坛
核心提示:2 鳥飼重太郎は、湯気の出ている顔で食卓に向かった。晩酌二合を長い時間かけて飲むのが彼のたのしみである。雲丹(うに)、イ
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 鳥飼重太郎は、湯気の出ている顔で食卓に向かった。晩酌二合を長い時間かけて飲むのが彼のたのしみである。雲丹(うに)、イカの刺身、干鱈(ひだら)、そんな肴が膳の上にはならんでいる。今日は歩きまわって疲れた。酒の味がうまかった。
 女房は、こんどは着物を縫っている。赤い派手な柄だから、むろん、近く嫁にゆく娘のものである。針を動かすのに余念がない様子だった。
「おい、飯だ」
 と杯をおいて言うと、女房は、
「はい」
 と、そのときだけは縫物の手をやめて、給仕してくれたが、また着物をとりあげる。針を運びながら、重太郎の飯のおかわりを待っているのだった。
「おまえも、お茶ぐらい、いっしょに飲んだらどうだ?」
 と言うと、
「いいえ、欲しくないのよ」
 と答えて、顔も上げなかった。重太郎は飯を口に入れながら、それをつくづくと見た。女房も年齢をとったものだ。これくらいになると、亭主が飯を食っていても、茶のつきあいをする気もおこらぬらしい。彼は香の物を噛み、茶碗の黄色い茶を飲みこんだ。
 そのとき娘が帰ってきた。まだ満足のほてりが表情に残っていた。何か、いそいそとしている。
「新田さんは?」
 と女房がきくと、娘はオーバーをぬいですわりながら、
「そこまで送ってくれて、帰ったわ」
 と答えた。幸福そうな口ぶりだった。
 重太郎は、新聞を読むつもりをやめて、娘の方を向いた。
「おい、すみ子、おまえは映画の帰りに、新田君といっしょに茶を飲んできたかい?」
 娘は、笑いだした。
「何よ、お父さん、出しぬけに。そう、お茶ぐらい飲んだわ」
「そうか。その場合だな」
 と彼は、何を思いついたのか話しだした。
「たとえばだよ。新田君は腹をへらして何か食べたがっている。おまえはお腹がいっぱいで、何も咽喉に通らないという……」
「へんなたとえ話ね」
「まあ聞け。そのときに、新田君が、じゃ僕だけ何か食べるから、君はその間、ショーウインドでも眺めて待っていてくれと言えば、そのとおりになるかい?」
「そうね」
 と娘は、ちょっと考えるふうをして言った。
「やっぱり食堂について行くでしょうね。だってつまらないもの」
「そうか、やっぱりな。お茶も欲しくないと思ってもか?」
「そうよ。そんなときでも、新田さんの傍についていてあげたいわ。ものが食べられなかったら、コーヒーでもとって、おつきあいするわ」
 そうだろうな、と父親はうなずいて相槌(あいづち)を打った。それが真剣に聞こえたので、今まで黙って縫物をしていた女房が笑った。
「何を聞いてるの、お父さん」
「おまえは黙っていろ」
 と、茶のつきあいをしてもらえなかった重太郎は、一喝(いつかつ)した。
「それは、なんだな、新田君にたいしてすまないという気持からだな」
「そうね。それは食欲の問題よりも愛情の問題だわね」
 と、娘は言った。
「なるほど、そうか」
 うまいことを言うと思った。重太郎が考えていたことを、娘は適切な一ことで言いえた。食欲よりも愛情の問題か。そうだ。それである。
「御一人様」の列車食堂の伝票にいやにこだわるようだが、鳥飼重太郎が漠然と考えていた不審はそこにあった。男と女のはるけき九州までの情死行である。愛情は普通よりもいっそうに濃厚なのだ。まして列車の中だ。女がいくら食べたくなくても男が食堂車に立てば、コーヒー一ぱいぐらいのつきあいに同行するのが人情ではないか。席は指定になっているから、二人があけても場所をふさがれる心配はない。それとも、網棚の荷物が気になって、女は用心のために残ったのであろうか。だが、どうもそんな気持がしない。この佐山とお時という女との間は、重太郎には、何かちぐはぐなものが感じられてならない。
 ちぐはぐといえば、博多についたときから、二人の関係は妙である。女は佐山を一人で旅館に五日間もおいて、自分はどこかに行っている。五日目に電話で男を呼びだすと、すぐその晩には心中を決行してしまう。このお時の行動には、情死という感情に密着しない、何かが含まれていそうだった。
 だが、香椎の浜にならんだ二つの死体は、どこから見ても情死のそれであった。現に彼の目が現場で確かめているのだ。そのことは絶対に間違いはない。(すると、やっぱり自分のよけいな思いすごしかな)
 鳥飼重太郎は浮かぬ顔つきになって、煙草を喫いながら考えた。
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