「そろそろ帰りましょうか」
三原が言ったので、二人は立ちあがった。肩を揃えて、もとの道に引きかえした。
西鉄香椎駅まで来たとき、鳥飼は、ふと気がついて三原に言った。
「ここは、この駅と、もう一つ五百メートルばかり離れたところに国鉄の香椎駅があります。じつは、ちょっとおもしろい聞きこみがあったのですよ」
と彼は、二十日夜の、二つの駅の男女のことを話した。それから自分が足で二つの駅を往復して、時間を実測したことも、くわしく言った。
「うむ、そりゃあおもしろい」
と三原は、急に目に光をおびた。
「私にもその実験をやらせてください」
鳥飼は三原を連れて、この前やったとおり、国鉄香椎駅との間を、三つの異なった速度で歩いた。
「なるほど、どんなにゆっくり歩いても、七分しかかかりませんな」
三原は時計を見て言った。
「十一分は、かかりすぎる。途中で寄り道したのなら別だが」
「二つの駅の男女は、全然別人だったとも思えるのですが」
「それはありますね。しかし」
と三原は、まるい目を宙に向けて考えるようにした。
「私は、それは同一人だったような気がしますね。つまり、彼らは国鉄の香椎駅で降りて、西鉄香椎駅の前を通って海岸の現場に行ったという──」
鳥飼は、その時刻と思われる西鉄駅員の話や、乗客の証言のことをくわしく言った。三原はそれをいちいち、メモに取って、
「結局、どっちともわからないのですね。だが、これはおもしろい。いや、おたがいにこんな仕事は大変ですなあ」
と、齢とっている鳥飼重太郎の痩せた体を眺めて、なぐさめるように言った。
翌日の夕方、鳥飼は東京に帰る三原警部補を送るため、博多駅のホームに立った。六時二分発の上り急行《雲仙》であった。
「東京にはいつごろ着くのですか?」
「明日午後の三時四十分です」
「ご苦労さまですね」
「いや、どうもお世話さまになりました」
三原は血色のいい顔をにこにこさせて頭を下げた。
「どうも、お役に立ちませんで」
鳥飼が言うと、
「どういたしまして。鳥飼さん、こんどの九州行は、あなたのおかげで、たいそう得るところがありましたよ」
と三原は、彼を見つめて言った。心からそう言っていた。
長崎仕立ての《雲仙》は、ホームにはいってくるのに、まだ十二三分ばかり時間があった。二人は並んだまま立ちつづけていた。
目の前にはたえず列車の発着がある。向こう側のホームに停まったままの貨車もあった。そこには駅特有の雰囲気をもった忙(そうぼう)さがあった。三原の方は、遥けくも九州まで来たという旅愁が顔に浮かんでいた。
「東京駅も、さぞホームが汽車で混雑していることでしょうね」
目前の光景から、鳥飼は、まだ見ない東京駅を空想して言った。
「え。そりゃ、たいへんです。ホームは列車の発着が、ひっきりなしですよ」
三原は何気なしにそう言った。そう言ってしまって、三原自身が、電気にでもかかったように、はっとした。彼は、ある重大な事実に思いあたったのである。
東京駅では、《あさかぜ》に乗る佐山とお時の姿を見た者があった。たしか、目撃者は十三番線ホームに立って、十五番線の発車ホームを見たということだった。しかし、東京駅では、その間に十三番、十四番線がはさまっている。列車の発着の頻繁な東京駅のホームで、間の汽車の邪魔なしに、十三番から十五番線にいる列車が、そのように見通せるものだろうか?