三原は、とにかく、安田の北海道行を叩くのが先決だと思った。
安田の北海道旅行は、いかにも、後から調べられることを予想したような手が歴々(ありあり)と打ってあった。《まりも》の車内で北海道庁の役人と会ったのもそうだが、一番いちじるしいのは、河西を札幌駅に出迎えさせたことだ。河西にきくと、それは駅に呼びつけるほどの急用ではなかったというのだ。それでは、問題の電報はどこから打ったか。三原が札幌できいたとき、河西はその電報を破ってしまって手もとにないということだった。発信局名も、うっかりして見なかったという。
安田は二十一日の朝、福岡を飛行機で出発した。それでは福岡局か博多局か、板付の空港から打ったのか、いやいや、そうではあるまい。用心深い安田のことだから、万一、発信局を河西に読まれた場合を想定して、東京から打ったであろう。それなら、羽田に飛行機が着いて、札幌行に乗りかえるまで、一時間の待ち合わせがあるから、その間を利用して打ったのであろうか。
だが、これは意味がなかった。なんとなれば、羽田に着けば、札幌行が確実に定時に出ることがわかったはずだからである。定時にとべば、間違いなく札幌から逆行して《まりも》に乗れるのだから、待合室に待たせる理由がなくなる。何度も言うとおり、河西をホームに出して、自分の姿が《まりも》から降りるところを見せるのが、より効果的なのだ。
ここで三原は手帳をひろげてみた。彼のメモしたところによると、河西の言葉として、「その電報は普通電報で、たしか二十一日の十一時ごろに受け取ったと思います」とある。
二十一日の十一時ごろというと、東京・札幌間が普通で配達まで二時間を要するとして、朝の九時ごろに打ったことになる。その時刻は、安田は板付を発した飛行機の中だ。おそらく広島県か岡山県の上空を飛んでいるころであろう。安田自身が東京から打つことはありえない。
それなら福岡にしてはどうか。福岡・札幌間もだいたい二時間少々とみてよいから、安田が板付発八時前に打ったとしたら、およそ河西の手に十一時ごろに配達されるという時間は合うのだ。
(それでは、やっぱり福岡から安田は打電したのだろうか?)
発信局がわかるから、安田がそんな不用心なことはしないだろうと思うが、三原はいちおう福岡署に連絡して、二十一日の市内の受付電報を調べてもらうことにした。
三原は警視庁に帰ると、主任に自分の考えを申し出た。
「そりゃ、いいところに気がついたね」
と、主任は目もとを笑わして言った。
「なるほど、河西を待合室に待たせた理由はそれでわかった。福岡署にはそのように依頼しよう。しかし、東京から安田自身が打たなくても、誰か、依頼を受けた代人が打つ、ということもありうるぜ」
「そりゃそうです」
と、三原は答えた。
「それを今、言おうとしたところです。ですから、都内の電報局を調べたいと思います」
「よかろう」
そのあとで、主任は茶をすすりながら笑った。
「君は、外にコーヒーを飲みに行っては、ときどき妙案を持って帰るね」
「外のコーヒーが性に合ってるんでしょうね」
三原も気が軽くなって言った。
「しかし、東京からその電報を打ったことがわかってもなんにもならないね、あたり前の話だから。これが福岡から打ったとなると、安田がその朝、福岡にいたことが証明できるので、しめたものだがね」
「いや」
と三原はさえぎった。
「東京から打ったとしてもおもしろいのですよ。その時間に安田が自身で打てるはずがないから、誰か代人を頼んでいるはずです。私は、その代人が知りたいのですよ」
「安田が使っている事務員かもしれないよ」
「それは、ありえないでしょう」
「どうしてだ?」
「安田が札幌に行くといって出発したのは、二十日の午後二時ごろですからね。その日に打つならわかるが、翌二十一日の九時ごろに打ってくれと注文したら、変に思われますよ。安田という男の性格として、些細(ささい)なことまで注意深いですからね。それに彼は、自分があとで調べられることを十分に警戒していますよ」
問答はそれでおわった。
しかし、二三日たっての結果は、都内のどの電報局も当日、そんな電報を受けつけたことがないことが、調べにあたった刑事たちから報告された。
福岡署からの回答も同様であった。福岡、博多両電報局とも受けつけていなかった。
三原は、ぽかんとなった。
「発信しない電報が届くはずがない。奴、どこから打ったのだろう?」