高価な、毛なみのいいネコで、エス氏は心からかわいがり、なによりも大切にしていた。
ネコについての本を買いあつめ、なんども読みかえし、ほとんど暗記してしまったほどだった。ネコはどんな食べ物が好きなのかを研究し、毎日、それをつくって食べさせた。また、ちょっとでもネコが元気をなくすと、あわてて医者を呼びよせる。
多くの人は、夜になるとテレビをながめるものだが、エス氏はそれよりも、ネコの背中をなでるほうが好きだった。
ある夜のこと。
そとで、聞きなれないひびきがした。それから、玄関のドアにノックの音がした。
エス氏はネコと遊ぶのをやめ、ドアをあけてそとをながめ、首をかしげた。ドアをたたいたのは、手ではなかったのだ。
うす茶色をした細長いものだ。ワニのしっぽのようでもあり、タコの足のようでもあった。
「いったい、これは、なんのいたずらだ」
エス氏はそういいながら、相手をよく見た。だが、そのとたんに気を失った。
うす茶色の細長いものは、道具やオモチャのようなものではなく、そのからだの一部だったのだ。
大きさは人間と同じくらいだが、形はまるでちがっていた。前から見たところでは、トランプのクラブのような形の生物だった。よこから見るとスペードの形ににていて、上から見るとハート型に近かった。一本足でとびはねているが、足あとはダイヤの形かもしれない。
うす茶色の長い一本の腕は、頭のてっぺんあたりからのびている。こんな生物が、地球上にいるわけがない。そう、遠いカード星から、はるばるやってきたのだ。
そのカード星人は、ドアをくぐって、なかに入ってきた。ネコはたいくつそうにねそべったまま「にゃあ」とないた。
それを聞き、カード星人は話しかけた。
「わたしは、どんな星のどんな生物とでも、テレパシーで話しあえる能力をもっています。学校で習って、身につけました。それでお話をしましょう」
ネコはなくのをやめ、テレパシーで答えた。
「あら、ちゃんと話が通じるわ。べんりな方法があるものね。ところで、見なれないかただけど、なんの用できたの」
「じつは、わたしはカード星の調査員でございます。ほうぼうの星々をまわり、平和的な星と、そうでない星との区別をし、記録をとっております」
「それで、ここへも立ち寄ったというわけね」
「はい、さようでございます。しかし、敬服いたしました。たいていの星の住民は、わたしの姿を見ると驚いて、わめいたり逃げたりします。だが、あなたは、おちついていらっしゃいます」
「いちいち驚くようでは、支配者の地位はたもてないわよ」
「これはこれは。あなたが、この星を支配なさっている種族でしたか。わたしはてっきり、そこに倒れている二本足の生物のほうが、支配者だろうと思いこんでいました。失礼いたしました。で、この二本足は……」
カード星人は、うす茶色の腕のさきを、気を失ったままでいるエス氏にむけた。ネコはあっさりと答えた。
「自分たちのことを、人間とよんでいるわ。あたしたちの、ドレイの役をする生物よ。まじめによく働いてくれるわ」
「どんなぐあいにでしょう」
「そうね。ぜんぶ話すのはめんどうくさいけど、たとえばこの家よ。人間が作ってくれたわ。それから牛という動物を飼い、ミルクをしぼって、あたしたちに毎日、はこんでくれるわ」
「なかなか利口な生物ではありませんか。しかし、そのうちドレイの地位に不満を感じて、反逆しはじめるかもしれないでしょう。大丈夫なのですか」
「そんなこと、心配したこともないわ。そこまでの知恵はない生物よ」
カード星人は感心して聞いていたが、変な形の装置をとりだして言った。
「まことに失礼なお願いですが、ウソ発見器を使わせていただけませんか。調査を正確にしたいのでございます」
「どうぞ、ご自由に」
と、ネコはめんどくさそうに答えた。カード星人は、器械の一部をネコの頭にのせ、いくつかの質問をした。
そして、いままでの話がほんとうかどうかを、たしかめた。また、平和的な心のもちぬしかどうかの点は、とくに念をいれて調査した。
「おそれいりました。このような平和的な種族が支配する星は、いままでに見たことがありません。どうぞ、いつまでも支配しつづけるよう、お祈りいたします」
「もちろん、そのつもりよ」
と答えるネコと別れ、カード星人はぶかっこうな動きでとびはねながら、ドアから出ていった。それから、林のなかにとめておいた小型の宇宙船に乗りこみ、夜の空へと消えていった。
しばらくして、エス氏は気をとりもどした。こわごわあたりを見まわしながら、ネコに話しかけた。
「なにか見なかったかい。みょうな形をしたやつが、いたような気がしたが」
ネコはいつものように「にゃあ」とないた。
エス氏はうなずいて言った。
「見なかったというんだな。そうだろうとも。うす茶色で、クラブの形をした生物など、いるわけがない。なにかの錯覚だったにきまっている。なあ、そうだろう」
エス氏はまた、ネコの背中をなではじめた。ネコは、なにごともなかったように「にゃあ」となくだけだった。