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オオカミそのほか

时间: 2017-12-30    进入日语论坛
核心提示: 山の上に丸い月がのぼっていた。月の光は澄んだ空気をつらぬき、あたりの光景を昼間とは別の世界のように仕上げている。静かだ
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 山の上に丸い月がのぼっていた。月の光は澄んだ空気をつらぬき、あたりの光景を昼間とは別の世界のように仕上げている。静かだった。時どき、木の葉がかすかに音をたてる。あれは、ねぼけた小鳥が羽ばたいたせいだろうか……。
 なんてぐあいに、おれはがらにもなく詩的な気分になっていた。まったく、がらにもなくだ。おれは夜の山道を散歩している。休暇をとり、都会を離れての休養なのだ。いや、修養というべきかもしれない。
 おれは、どこかひとつ抜けた性格であり、おまけに、きわめて自主性がないとくる。そのため、会社につとめていて、いっこうにぱっとしないのだ。失敗することはしょっちゅうだが、めざましいこととなると、めったにやらない。われながら情なくなる。ひとつ、山奥へでも行って、自分を見つめなおしてみるとするか。そんなわけで、ここへやってきた。
 夜の山道。そばには奥深い森がある。遠くからは、小川の音がささやきかけてくる。音もなく星が流れて消えた。こう道具立てがそろっては、おれだって詩的な気分にならざるをえない。なにしろ、おれは自主性がないんだ。まわりが陽気だとすぐさわぎたくなるし、環境が詩的だと、すぐそれに同化してしまう。たあいないものさ。
 とつぜん、なにか物音がした。うしろのほうからだ。せっかくの気分が中断された。なんの音だろう。どうやら、動物のほえる声らしかった。それに気がつくと、背中のほうにぞっとしたものを感じた。いや、感じだけじゃなく、現実になにかが飛びかかってきた。不吉さをともなった恐怖のけはい。
 いや、もう、生きた心地もなにもなかった。手で払いのけたような気もするし、大声で叫んだような気もするし、倒れながら必死に抵抗したような気もするし、石を投げながら思い切り走って逃げたような気もする。
 いちおう気分が落ち着いてみると、おれは旅館に帰りついていた。水をもらって飲み自分をながめなおすと、からだじゅう泥だらけで、手から血が流れている。旅館の主人は、医者を呼んでくれた。医者は、おれの傷の手当てをしながら言った。
「どうなさいました」
「それは、こっちで聞きたいとこだ。暗い森のなかから、なにかが不意に襲いかかってきた。あとは無我夢中。なんだったのだろう、あれは」
「この傷のぐあいからみると、動物にかまれたみたいですな。犬の歯のようでもある。傷そのものは、たいしたことはない。しかし、万一のことを考え、狂犬病のワクチン注射をしておいたほうがいいでしょう」
 やれやれだ。まったく、ひどい災難。注射なんて大きらいなのだが、狂犬病だなんて驚かされては、いやいやながらでもやらざるをえない。休養にも修養にもならなかった。おれは都会に帰り、会社づとめという平凡な日常へと戻ったというわけ。
 
 それからしばらくした、ある日。あの事件からひと月ぐらいたった、ある日のことだ。
 おれは昼ごろから、なんだか妙な気分だった。それは時とともにひどくなった。つまり、夕方になるにつれ、異様さが高まる。落ち着けないんだな。自分でもしらぬまに、激しい息づかいをやっている。これは、どういうことなんだ。わけがわからん。
 わけがわからんのは、むやみとビフテキが食いたくなってきたこともそうだ。ふしぎではあるが、食欲は食欲。どうしようもない。おれは会社が終ると、すぐレストランへ飛びこんだ。
「ビフテキをくれ」
「はい。焼きぐあいはどの程度に……」
「レアにしてくれ」
 レア、すなわち、よく焼いてないビフテキのことだ。運ばれてきた、その血のしたたるようなのを、おれはたちまちたいらげ、さらにおかわりを注文した。給仕の人は変な顔をしている。当然だろう。おれだって、この食欲が変でならないんだ。
 二人前のビフテキを食ったせいかどうかはわからないが、おれの体内で、形容しがたい荒々しいものが、一段と大きくなってきた。ひとあばれしたいという衝動。なんだ、こりゃあ。ふしぎがってみても、現実にそうなのだから仕方ない。
 そこで、おれは考えた。よくわからんが、ただごとでないのは、たしかなようだ。このままだと、おれは今夜、とんでもないことをやりかねない。なにかをしでかすにちがいないぞ。
 それを防止するには、早く帰って寝てしまうに限る。おれはそうすることにした。おれの住居は、平凡なアパートの一室。そこへ帰ったというわけだ。帰ってみたはいいが、食事はさっきすませたし、することはない。ひとりぼんやりと、手のひらで顔をなでてみるぐらいだ。
 手のひらになにかがさわった。ひげだ。だが、それにしても、いやに伸びている。十日ぶんぐらいがいっぺんに伸びたようだ。おかしい。
 窓ガラスに顔をうつしてみようとした。しかし、夜になっていたが、むこうに満月がのぼっており、よく顔がうつらない。洗面所の鏡でなければだめなようだ。
 鏡の奥をのぞき、おれは大声をはりあげた。そこにはオオカミの顔があったのだから。それできもをつぶして大声を一回はりあげ、それがつまり自分の顔だと気づいて、もう一回おれは大声をあげ、おれの大声がオオカミのほえる声そっくりなのを知って、さらに大声をあげた。すなわち、オオカミのほえる声が合計して三回ひびいたことになる。
 おれのとなりの住人は三十歳ぐらいの独身の男だが、そいつがおれの部屋のドアをたたいてどなった。
「へんなオモチャの笛を吹かないで下さい。テレビでしたら、音を小さくして下さい。動物番組が好きという子供っぽい趣味までとやかくは申しませんが、音量を最大にされては、近所めいわくです」
 おれはなにか言いかえそうとしたが、あわてて口を押えた。声を出せば、オオカミの声になるにきまっているのだ。しかし、テレビの音とまちがえるとは、単純なものだね。テレビ中毒で頭がぼけているのは、どっちのほうなんだ。
 反撃してやりたい気分をも、なんとか押えた。おれはいま、オオカミに変身しているのだ。けんかになったら、やつを食い殺しかねない。
 おれは窓にカーテンを引き、月の光をさえぎってみた。しかし、それはなんの役にも立たず、おれは依然としてオオカミのまま。満月の示す神秘的な作用は、そんなことでは防げないものとみえる。
 いつか山道で飛びかかってきたのは、狂犬にあらずして、のろわれたオオカミだったようだ。おれはそれにかみつかれ、伝説にあるオオカミ男になってしまった。満月の夜になると、人間であることをやめオオカミになる。ああ、なんという不運。
 しかし、なげき悲しむ感情より、からだじゅうで高まる野性のエネルギーのほうが大きかった。月が天心に近づき夜のふけるにつれ、内部で荒れくるうものを、おれは制御できなくなった。
 獣の血は、火口から噴出しようとする溶岩のように、おれをかりたてる。
 おれは窓をあけ、そこからそとへ飛び出した。公園のほうへと進んでゆく。オオカミの本性として、ビルよりも樹木のほうを好むのだろう。おれは公園のなかをかけまわった。このスピード、このすばやさ、このジャンプ。すべて快適な気分だった。おれは思いきりほえたてた。
 公園内は混乱におちいった。ベンチにかけたり、物かげなどにいて愛をささやきあっていたアベックたちは、大あわて。腰を抜かすのもいれば、あられもないかっこうで逃げまわるのもある。失神したままの女もいた。もっとも、おれを見る前から失神していたのかもしれないが。
 どこへ逃げたものか見当がつかず、逃げようとしてぶつかりあってるやつもある。たき火をしようとして、そのへんに散らばっている服を集めてきて火をつけるやつ。木へのぼるやつもあり、のぼった木の枝が折れて池に落ちるやつもある。まったく、壮烈な喜劇的シーンそのままだ。
 パトカーの音が近づいてきた。しかし、おれはかけまわるのをやめない。警官なんかこわくない、だ。おれをつかまえることなんか、できるものか、他人に当るかもしれないから拳銃はうたないだろうし、うってもおれには当らないだろうし、当ったところでオオカミ男は銀の弾丸でないと死なないんだ。
 おれはかけまわり、警官たちに追いつめられると公園を飛び出し、街じゅうを走り、へいを飛び越え、屋根に飛びうつり、オオカミであることを、こころゆくまで楽しみつづけた。月が沈み、おれのからだが人間にもどるまで。
 
 オオカミであるあいだはむやみと面白かったが、そのあとがよくない。後悔と反省だけが残る。バーのはしごをし、いい気になって金を使いはたし、二日酔いだけが残った朝のようなものだ。
 大ぜいの人を驚かし、世をさわがせてしまったのだ。新聞によると死者や重傷者はなかったようだが、社会不安を引き起したことはたしかだ。思いきって自首すべきか。しかし、だれが信じてくれる。医者へ行くべきだろうか。だが、オオカミ男だと、むきになって主張すればするほど、精神異常あつかいされるのがおちだろう。おれは正気のオオカミ男なのだが。
 おれは本を読んで調べてみた。しかし、オオカミ男の治療法はでていなかった。殺し方だけがのっている。銀の弾丸でうつか、銀の|杖《つえ》でなぐりつけるかだ。ひでえもんだ。ヒューマニズムに反する。もっとも、オオカミに変身している時は人間とみとめられないから、殺してもかまわないという理屈なのかもしれない。いずれにせよ、おれは殺されるのもいやだし、自殺するつもりもない。
 あれこれ悩み、おれは腹を立て、そのあげく決心した。もとはといえばだ、夜道で飛びかかってきたあのオオカミがいかんのだ。あれをぶち殺してやろう。胸のもやもやも少しは晴れるだろう。それをやれば、のろいがとけるかもしれない。やってみよう。だめでももともとだ。
 おれは武器を用意し、いつかの山へ出かけた。昼といわず夜といわず、森のなかをさがしまわる。しかし、オオカミのやつ、いっこうに出現してくれない。おれは疲れ、森のなかで横になり、うとうとした。
 その時、皮膚にいやなものを感じた。はっと身を起したとたん、なにかにかまれた。おれはそれを見て、悲鳴をあげた。
 ヘビだった。おれはヘビが大きらいなのだ。そばに武器はあれど、使う気にもならず、ただただふるえているばかり。
 そのうち、ヘビは音もなくどこかへ姿を消した。しかし、かみつかれた傷からは血が出ている。旅館に帰ると、主人が医者を呼んでくれた。医者はおれを見て言う。
「またあなたですか。あなたは、かみつかれやすい体質なんですかな」
「まさかと言いたいところだけど、そうかもしれないとの気がしないこともない。自主性がないと、運命にもてあそばれやすいのかもしれない」
「傷はたいしたことないようです。しかし、毒ヘビだといけませんから、注射をしておくほうがいいでしょう」
 やれやれ、またも注射だ。めもあてられぬ。かたき討ちに出かけ、べつなやつにかえり討ちにされたようなものではないか。おれはオオカミ退治をあきらめ、都会へ帰った。
 しかし、おれの心のなかで不安は濃くなる一方だ。満月の夜がまたも近づいてくる。なんとか対策をたてねばならぬ。このままだと、おれはまたオオカミに変身し、あばれまわることになる。前回よりも度が進み、人をかみ殺すかもしれない。殺さないまでも、おれにかみつかれたやつはオオカミ男になり、被害はとめどなくひろがる一方となる。
 おれは親しい知人にたのみ、倉庫を一晩かり、そのなかにとじこめてもらうことにした。金を前払いし、なんとか承知させる。
 その倉庫は鉄筋コンクリート製、みるからに丈夫そうで、なかであばれてもびくともしそうになかった。上のほうは鉄格子のはまった小さな窓があるだけ、これなら無事に一晩をすごせそうだ。
 ふしぎなことに、その日はべつにビフテキへの強い食欲はおこらなかった。オオカミへの変身という症状が、なおったのだろうか。そんな安心感で、おれは倉庫のなかで居眠りをした。カエルを食べるという変な夢を見てから、ふと目がさめた。そして、キモをつぶした。
 なんと、おれのからだが、ヘビに変身しているではないか。その驚きと、ヘビぎらいの感情とで、おれは絶叫した。いや、絶叫したつもりだったが、声にはならなかった。ヘビには発声器官がないからだ。
 なにしろ、おれはヘビがきらいなんだ。それに自分がなってしまったのだから、なんともいえぬいやな気分。そばに鏡がなくて助かった。ヘビになった自分の顔をみないですむ。しかし、とぐろを巻いていると、からだの一部が目に入る。それを避けるため、おれはからだを長くのばしていることにした。
 退屈でもあるし、いてもたってもいられない感じ。もっとも、ヘビに立つことはできないのだが。おれは壁のほうに行ってみた。のぼれそうな気がする。やってみると、壁をのぼれるではないか。これだけはちょっと面白かった。上の小窓にたどりつき、格子をすり抜けてそとへ出る。
 といって、行くあてもない。公園へ行っても、オオカミの時のような|爽《そう》|快《かい》なあばれかたはできないだろう。イブを誘惑し、禁断の実を食べさせてみようにも、いまの女たちにはその必要もあるまい。第一、この長いからだで道を横断しようとしたら、車にひかれて、たちまち死んでしまうだろう。
 おれはとなりの倉庫へ入ってみた。酒のたるがしまってあった。おれはしっぽを使ってそれをあけ、酒を飲んだ。暗くてよかった。明るかったら、顔の前にちらちらあらわれる赤く長い舌が見え、酔うどころではなかったろう。とにかく、おれは酒を飲んだ。だれかがこの光景を見たら、ヤマタノオロチと思うことだろう。
 酔うにつれ、気がめいってきた。ヘビは陰気な動物だからだろう。ひでえことになったなあ。なんたる宿命だ。まったく、どうしようもない。おれの自主性のない性質がいけないんだ。それが性質にとどまらず、体質にまでおよんできやがった。オオカミにかまれるとオオカミに変身し、ヘビにかまれるとヘビに変身するとくる。体制順応の極致。体制のほうがいかんのか、順応のほうがいかんのか、どうすりゃいいのさ、このおれは。ただひたすらに風まかせ。
 歌を口ずさもうにも、声は出ぬ。酔いがさめてきたのか、気温が下ってきたのか、寒けがしてきた。眠っちゃいかん。おれはいま冷血動物なのだ。冬眠になってしまうかもしれないぞ。それに、ここで人間にもどったら、そとへ出られなくなる。おれは千鳥足のごとき動きかたでそこを出て、もとの倉庫へはいもどった。そのうち、月が沈んだのだろう。もとの人間の姿になれた。
 
 一難去ってまた一難。オオカミへの発作が起らなければ、こんどはヘビときやがる。なにはともあれ、ヘビだけはごめんだ。つぎの満月の夜のことを思うと、身ぶるいがする。その恐怖を酒でまぎらし、おれはあるバーで酔っぱらって言った。
「なにかにかみつかれたいよ……」
 そのとたん、そばの女がおれの指にかみつきやがった。なにかの不満で八つ当りしたがってたためか、サド趣味の女か、そこまではわからんが。
「痛い……」
「だって、かみついてって言ったでしょ」
「そうだったな。いちおう、お礼を言っておく。役に立つかどうかはわからんがね」
「変な人ねえ」
 という次第だが、はたして効果の点はどうだろう。めぐってきた満月の夜、おれは厳重に戸締りをして自分の部屋にとじこもった。来客は入れまい。また、おれがヘビに変身したとしても、ヘビには|鍵《かぎ》をあけられないから外出して恥をさらすこともない。
 満月がのぼる時刻になると、おれは女になった。まさかという驚きと、やはりという期待とが混合した気分。鏡をのぞくと、けっこう美人だった。鏡をながめながら、おれは服をぬいでいった。無料でヌードショウを見物できるわけだ。みごとなヌードだ。おれは、ごくりとつばをのむ。しかし、それまで。飛びつくこともできないのだ。自分で自分に飛びかかれるわけがない。
 ノックの音がした。服をつけドアをあけると、となりの部屋の男。
「郵便がまちがって配達されたので、お渡しします。よろしく……」
 男はおれを見て、妙な顔をした。いつものおれでなく、この部屋に男装の女がいるので、ふしぎがっている。おれは言った。
「ねえ、お茶でも飲んでかない……」
「そうはいきませんよ。やつが帰ってきたら、おこられてしまう」
「じゃあ、あなたの部屋に行くわ」
「それも困りますな。なにしろ、ここのやつは、ぐうたらな性質のくせに、やきもち焼きなんだ。さわらぬ神にたたりなしです。おっと、こんな批評は、彼には内密ですがね。じゃあ……」
 となりの男は、おれの悪口を並べたてて帰っていきやがった。しかし、おれの内部では好奇心が燃えはじめた。この機会に、女なるものを徹底的に体験しておくことにしよう。
 おれはそとへ出て、ハンサムな青年をえらんで声をかけた。
「ねえ、いっしょに遊ばない……」
 簡単にゆくかと予想していたが、そうでもなかった。まだよく女になれていないせいだろう。なまめかしさが不足のようだ。それでも、やがて中年の男がひっかかった。ひっかかったといえるかどうか。ただでいいとおれが言ったので、やっと話が進展したのだから。
 ホテルの部屋に入ると、中年男は品のない笑いでおれをながめまわした。男装という点が刺激的なのかもしれない。まったく、男ってやつはいやらしいものだ。
 かくしてベッドに入ったわけだが、そのとたん異変がおこった。どういうわけか、おれのからだが男にもどってしまったのだ。中年男は悲鳴をあげる。
「きゃっ。なんだ、おまえは。男装の女だとばかり思っていたら、男装の男だったのか。詐欺だ」
「詐欺だなんて。おれがいつ金を請求した」
「そうだったな。ただという話だった。その点は取消す。おまえは変態だ。この点は許せぬ。おれにそんな趣味はない。しかし、さっきまでは本当に女のようだったがな。頭がおかしくなってきた。胸がむかつく。どうしてくれよう。おまえをぶんなぐってみよう。少しは頭がすっきりするだろう」
「まあ、まあ、ここはひとまず……」
 おれはベッドから飛び出した。中年男は目をつりあげ、歯をむきだして迫ってくる。あの口でかまれたら、つぎの満月の夜にろくなことはないぞ。おれはベッドの下にかくれ、逃げまわりながら、手早く服をつけ、大急ぎでホテルを出た。
 ほっとして空を見ると、なんと月食。満月が半分ほど欠けている。ははあ、このせいだったのか。満月の作用が、月食で一時的に中断したらしい。おれは帰宅した。
 しかし、これは面白いことになってきたぞ。こんどはうまくやろう。満月の夜が待ちどおしい気分に、はじめてなれた。
 準備をととのえる。婦人服を買い、口紅のたぐいをそろえた。そして当日、おれは安ホテルの一室を借りた。満月がのぼり女に変身したら、おれはここでさっそく婦人服に着かえ、そとへ出て男をさそい、ここへ戻ってこようという作戦。無料であり、宿泊費持ちとくれば、ひっかかる男もあるだろう。未知への期待で、胸がわくわくした。
 だが、なんということだ。おれはとんでもないものに変身してしまった。なんにだと思う。ベッドにだ。
 このあいだ、中年男から逃げる時、急いでベッドから飛び出して下にかくれたりした。その際、ベッドのどこかに手をはさみ、けがをしたのだろう。ベッドにかまれたのだ。たぶん、それが原因だろう。
 ベッドに変身しては、身動きもできない。おれはそこにベッドとして存在した。世の中に、これほどつまらないことはない。おれはベッドの立場になってみて、それがきわめて同情すべきものだと、はじめてわかった。
 そのうち、事態はいっそう悪化した。夜おそくなってノックの音がし、おれが声を出せずにいると、ドアが開いた。ホテルのボーイがなかをのぞきこみ、空室と知って、アベックを案内してきた。おれが借りた部屋なのに、ひどいものだ。しかし、ベッドには抗議もできない。
 そのアベックは、おれの上に乗りやがった。ああ、なんということだ。無礼きわまる。ひでえもんだ。縁の下の力持ちとは、このことかもしれぬ。いかなる感情も行動にあらわせない苦痛。じっと、がまんしていなければならぬ。月の沈むまでは……。
 月が沈んだ。おれは人間にもどった。たまっていた感情を、おれは一度に爆発させた。
「なんだ、このやろう。だまっていればいい気になりやがって、おれをさんざんふみつけたりしやがったな……」
「そっちこそなんだ。ぼくたち二人の部屋に侵入してきやがって」
「ここはおれの借りた部屋だ」
 どなりあいのそばで、女が金切声をあげる。さわぎを聞きつけて、ボーイが来る。
「なんです。お静かに。あ、ベッドが一つなくなっている。泥棒だ」
 おれは言いかえす。
「泥棒とはなんだ。だいたい、この部屋にははじめからベッドは一つしかなかったはずだ」
「そうでした。しかし、さっきは二つ見たような気がしたが……」
 かくして、さわぎははてしなくつづいたというわけ。
 
 女への変身はうまくいかなかった。金を払って美人にかみついてもらったのだが、そのあと蚊にさされたのがいけなかったらしい。満月の夜になると、おれは蚊に変身してしまった。こんな心細い夜はなかった。いつ死ぬかわかったものじゃない。女性の部屋に飛びこむことはできても、へたをすればパチンとつぶされかねない。人間として、こんなみじめな死に方はあるまい。
 蚊にさされただけで蚊に変身するなんて、おれの体質の敏感さと自主性のなさは、ここにきわまった形だ。なにかにかみつかれると、つぎの満月の夜にはそれになってしまう。アリにかみつかれたら、もっとひどい死に方になるかもしれない。
 死といえば、ひどい目にあったことがある。交通事故ではね飛ばされたやつ、おれがかけよって介抱すると、おれの指にかみついて息がたえやがった。
 つまり、そのつぎの満月の夜には、おれは死人になった。まさに変死だ。警察は病院に運び、死因究明のため解剖しようとしやがった。解剖したって死因はわかりっこないぞ。
 やめてくれと叫ぼうにも、死人に口なし。恐怖でおれは背中が凍る思いだった。死体だからつめたいのは当然かもしれないが、おれは息もできなかった。死体だからこれまた当然かもしれないが。おれは生けるしかばねだ。
 これからなにをされるのかと思うと、おれは生きた心地がしなかった。しかし、危機を脱することができた。生きるか死ぬかという状態だったら、警察もことを急いだだろうが、死者となると能率的に処理しようとしない。死んでたのがよかったのだ。やがて月が沈み、おれはもとにもどり、そこを逃げ出した。九死に一生だ。そのあと、死体消失で警察と病院とが責任を押しつけあい、ひとさわぎあったことだろう。だが、このミステリーだけは、いかに推理作家を動員しようが、とけっこあるまい。
 もう死体だけはこりごりだ。おれは自分で自分にかみついた。なぜこの名案に早く気がつかなかったのだろう。つぎの満月の夜にはなにも起らなかった。おれはおれに変身し、おれとしての一夜をすごし、月が沈むと同時に、おれはおれにもどった。
 名案は名案だが、どうも物足らない。おれは変身中毒にかかっているようだ。せっかくの能力を、宝の持ちぐされにしているような気分。心の奥で変身への欲求がうずく。
 気の抜けた感じでぼんやりしていたためか、おれは小型金庫に手をはさんだ。金庫にかみつかれたということになる。ひとつ金庫の気分を味わってみるとするか。
 おれは会社の事務所のなかで、その夜、金庫に変身した。夜がふけたころ、賊が侵入してきた。なんだか心配になってくる。高熱の炎で穴をあけられたり、ダイナマイトで|扉《とびら》を破壊されでもしたら、おれはどうなる。しかし、その賊は金庫破りの名人で、ダイヤルを回して扉をあけた。おれはほっとする。
 賊はがっかり。なかはからっぽだったのだ。ぶつぶつつぶやいていたが、この金庫をちょうだいする気になったらしい。おれを運び出し、車につみ、自分の家へと持ち帰った。そして、これも盗品らしいダイヤモンドを何粒も、おれのなかにしまいこんだ。それから、安心したごとく眠りについた。
 おれは人間にもどると同時に、そこから逃げ帰った。なんだか胸がむかつく。吐くと、ダイヤモンドの粒がいくつか出てきた。しめしめ。おれは下剤を飲み、からだのなかのダイヤを全部回収した。思わぬ収穫。
 これを処分し、豪遊するとしようか。なにを買うかな。三角の帆のついたヨットなんかいいかもしれないぞ。しかし、なにも買わなくてもいいことに気づいた。おれがヨットに変身すればいいのだ。おれはすてきなヨットを選び、それにわが身をちょっとかみつかせた。
 つぎの満月の夜、浜辺でおれはヨットに変身した。月の光をあび、夜の海の上を風を受けて動きまわる。悪くない気分だぜ。しかし、他人が見たらきもをつぶすだろう。だれも乗っていないヨットが、生けるがごとく航行しているのだから。
 そのことを気にし、おれは沖のほうへ出た。しかし、いささか出すぎてしまった。へたをすると、海上で月の沈む時刻を迎えることになるかもしれぬ。そうなったら、おれはそこで人間にもどり、おぼれ死ぬことになる。あわてざるをえない。おれは海岸へとむきを変えて必死に進み、なんとかまにあった。この時はひや汗をかいた。
 
 まあ、こんなわけで、けっこうスリルや変化を楽しんできたというわけ。しかし、ひと通りやってみると、あきてもくる。あなただって、こんな話にはもういいかげんあきてきたはずだ。なにか変った目標があればいいんだが……。
 神にかみつかれてみたいと、どれほど念じたことだろう。しかし、神は出現せず、出現したとしても神がかみついてはくれまい。神がだめなら悪魔でもいいんだが、どうやれば出てきてくれるのか見当もつかない。
 ということだったのだが、こんどの満月の夜、つまり明晩というわけだが、それについてはおれはスリルとサスペンスをいだいている。なぜって、おれはこのあいだ、地面の割れ目に足をはさんでけがをした。それがどうしてスリルとサスペンスなんだと、ふしぎがる人がいるかもしれない。いいかね、つまりおれは、地球にかみつかれたという状態にあるんだぜ……。
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