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命の恩人

时间: 2017-12-30    进入日语论坛
核心提示: その男はひとり、山の小道を歩いていた。といって、こういうところを歩きたくて、わざわざ出かけてきたわけではなかった。 彼
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 その男はひとり、山の小道を歩いていた。といって、こういうところを歩きたくて、わざわざ出かけてきたわけではなかった。
 彼は三十歳ぐらいの会社員。社の仕事で、地方の小都市へ出張でやってきた。こみいった商談が意外に早くまとまり、時間があまってしまった。となると、なにも町なかにとまることもない。少し行けば、ちょっと名の知れた温泉地が、山ぞいにある。たまには、そんなところへ一泊するのもいいものだ。大都会では味わえない静養をえられるだろう。
 そんなわけで、ここへやってきたのだった。|平《へい》|日《じつ》であるため、宿泊客は少なかった。男は旅館に着いたはいいが、べつにすることもなかった。ぼんやりしていればいいのだが、たえずなにかをやっているという都会生活者の習性は、なかなか捨てきれない。男は旅館の主人に聞いてみる。
「時間のつぶしようがないな」
「散歩でもなさったらいかがです。谷川ぞいの道の眺めは、悪くございませんよ」
「では、出かけてみるか……」
 男は教えられた道を、ぶらぶらと歩いた。けわしいがけの中腹に作られた、細い道。しかし、さくが完備しており、安全で適当な散歩道だった。
 そろそろ夕ぐれ、山の上部はまだ明るいが、谷底のほうはすでにうす暗く、川の流れの音が、さわやかに激しく響いていた。
 その時、あたりの美しい風景にふさわしくない音が、少し先から聞こえてきた。女の悲鳴。男は耳をすました。たしかに女の悲鳴だ。
「だれか、助けて……」
 悲鳴といっても、大声ではなかった。ずっと叫びつづけたためか、かすれたような弱々しい声だった。男はその方角に急ぎ、そして、見た。
 道にそって谷川の側に作られている、さくのそと。そこの木の枝に、若い女がつかまっている。足は宙に浮いていた。つまり、疲れて手をはなすか、木の枝が折れるかしたら、からだはたちまち谷底へ落下し、おそらく命は助からないだろう。
 ためらったり考えたりしているひまはない。男はかけより、さくを片手でにぎり、身を乗り出し、もう一方の手で女の手をつかみ、引っぱりあげた。かなりの力を必要としたが、こういう場合には、思わぬ力が発揮されるものだ。
 助けあげられた女は、しばらく道の上に横たわり、ぐったりしていた。かなりの時間、木にぶら下り、疲労や恐怖と戦いつづけだったためだろう。しかし、やがて、自分は助かったのだとの実感がよみがえってきた。それはまず、声となって出た。
「ありがとう、ありがとうございます。おかげで死ななくてすみました……」
 平凡な感謝の言葉だったが、口調には心からの感謝がこもっていた。若いが、どことなく古風で、まじめそうな女だった。美人と呼んでいい顔だちだった。男はなんとなく照れくさく、こんなことを言った。
「なんで、あんなことをなさっていたのです。人さわがせもいいところですよ」
「すみません。散歩をしているうちに、きれいなお花の咲いているのを見つけたの。それを取ろうとして、身を乗り出した時、からだの重心がさくを越え、あんなことになってしまいました。思わずなにかをつかんだら、それが木の枝で……」
 女は息をはずませながら、とぎれとぎれに話し、男はうなずいた。
「木の枝がちょうどそこにあって、よかったですね。あなたは運のいいかただ」
「いいえ、あの枝だけでは助かりませんでしたわ。自分ではいあがることもできず、ただつかまっているだけがせい一杯。いくら叫んでも人通りはなく、これであたしの一生もおしまいかと……」
「さぞ心細かったことでしょう」
「そこへ、あなたがいらっしゃって、引っぱりあげて下さった。もう数分間おそかったら、あたしは力つき、落っこちて……」
 女は谷底をのぞきこんだ。下は岩ばかりで、やわらかなものなどない場所にちがいなかった。あらためて生存している喜びをかみしめ、女は言った。
「……あなたは命の恩人です。どうお礼を申しあげたものか、なにをお礼にさしあげたらいいのか……」
 女の目は、うれし涙のせいか、輝いていた。男は手を振って言った。
「いや、偶然ですよ。ちょうど通りがかっただけのことです。あんな光景を見れば、だれだって助けますよ。なにも、あらたまってお礼をおっしゃることなど……」
「でも、現実に、あたしはあなたに助けられたんですわ。ぜひ、お名前を……」
「名前なんか……」
「命の恩人のお名前をうかがわずにお別れしては、あたしの気がすみません。どうぞ、お教え下さい……」
 女として、当然の心境だろう。真実のこもった、すがりつくような目つきであり、声だった。それをことわっては、かえって気の毒かもしれない。男はポケットから自分の名刺を出して渡し、こう言いそえた。
「これがぼくの名前です。しかし、こんなこと、早くお忘れになって下さい……」
「そうはまいりませんわ。あなたは命の恩人なんですもの……」
 
 男は旅館の自分の室に帰る。そして、複雑な表情でつぶやく。
「やれやれ、まただ……」
 ほぼ月に一回の割で、彼をめぐってこのようなことが起るのだった。どういうわけか、若い女の危機を助けてしまう。この前はどんなふうにだったろうか。そうだ……。
 男が踏切りを通りがかり、安全確認のため横を見ると、少しはなれた線路ぎわに、若い女がひとりたたずんでいた。普通でないものが感じられる。
 遠くから列車の走る音が響いてくると、彼女の表情は、それまで絶望にみちていたが、決意のようなものに一変した。これは、なにかある。近づいて声をかけようとすると、女が先に言った。
「とめないで……」
「やはり、自殺するつもりで……」
 男は反射的に女の手をつかみ、力をこめて引きもどした。列車が音をたてて勢いよく走り去っていった。それを見送りながら、あらためて質問する。
「……いったい、なぜ自殺などしようと考えたのです。若くきれいで、これからが人生だというのに」
「その人生が、あたしにはないのよ。どっちにしろ、長くない命なの……」
 女は、自分が現代医学をもってしてもなおらない病気にかかっているのだと言った。これには男も、なぐさめようがなかった。こんなふうに言う以外には。
「そう診断されたのですか」
「お医者が患者に、そんなことを直接に告げるわけ、ないでしょ。でも、あたし帰りがけにドアのそとで、医者と看護婦の話すのを聞いてしまったの。もう、手当てのしようがないんですって……」
「べつな医者にもみてもらったら……」
「むだよ」
「しかし、念のためということもあります。だめだったとしても、もともとではありませんか。死ぬのはそれからでもいい。ぼくの知っている病院があります。そこで精密検査を受けてみたらどうでしょう。そうすべきですよ」
 男はむりやり女を引っぱっていった。診察がなされ、心配するような病症はなにもないと判明した。しかし、すぐにはなっとくできず、女は疑問を口にした。
「でも、前にあたしを診察した先生は……」
「ふしぎです。たしかめてみましょう」
 医者は、女のいう病院へ電話をし、問い合わせてくれた。医者どうしなら、患者についての情報を交換できる。その結果、医者と看護婦の会話の「手当てのしようがない」というのは、べつな患者に関することだったとわかった。
「まあ、そうだったの……」
 女の顔には、たちまちのうちにうれしさがひろがった。いっしょに病院を出て、男は女に言う。
「ひと安心というところですね」
「あたし、変に思いつめてしまっていた自分のそそっかしさが、はずかしくなりましたわ。はずかしいなんてものじゃない。あの時、列車に飛びこんでいたらと思うと、ぞっとしますわ。死神にみこまれていたのかもしれませんわね」
「しかし、もう大丈夫ですよ」
「これというのも、あなたのおかげですわ。無意味に命を捨てないですんだんですもの。あなたのためなら、なんでもいたします。命の恩人、このことは一生、忘れませんわ」
「それは大げさですよ。そこにいあわせただけのことですよ」
「あなたはそうお思いかもしれませんけど、あたしにとっては重大なことですわ。ぜひ、お名前を……」
 このまま、だまって別れることのできない形勢。男は名刺を渡さないわけにはいかないのだった。
 
 その前はなんだったかな。男は回想する。
 そうだ、倉庫での出来事だった。会社の仕事で、倉庫会社へ出かけた時のことだった。ひとつの倉庫の前で、男は足をとめた。なぜだか気になる。男は、そばの倉庫会社の社員に言った。
「ちょっと、この戸をあけて下さい」
「だけど、ここには、あなたの社に関係した品など入っていませんよ。あけるには、それだけの手続きが……」
「いや、品物を持ち出したりはしない。さわりもしない。ちょっとのぞくだけでいいんだ。あなたはカギを持っている。かたいことを言わずに、それであけて下さいよ」
「困りましたね。しかし、なかを見るだけなら……」
 戸はあけられた。なかから、疲れはてた若い女がふらふらと出てきた。まぶしげな表情で少し歩き、助かったと知ってほっとしたためか、くずれるように倒れて気を失った。倉庫会社の社員は男に言う。
「とじこめられていたんですね。しかし、そのことがあなたによくわかりましたね。わたしには、悲鳴も聞こえなかった。声を出す力も残ってなかったようだ。あなたは、なぜわかったのです」
「どう説明したものかな。第六感、いや、それとも少しちがう。形容できないな。そんなことより、早く手当てを……」
 あとでわかったことだが、女が品物の点検のためになかに入っている時、そとから戸をしめられてしまった。こんな場合、内部に非常ベルがあるのだが、たまたま故障していて、助けが呼べない。のどのかわきと空腹のため、発見がもう少しおくれたら、そのまま死んでしまっただろう。
 不安と恐怖のため、女はしばらく錯乱状態にあった。しかし、やがてそれも全快し、命の恩人の名をたずねた。倉庫会社の社員は、男の名とつとめ先とを教えた。
 その前にも、さらにその以前にも、そんなたぐいのことがあった。男はほぼ月に一回の割で、若い女の危機を救ってきたのだった。
 彼に助けられた女性たちは、男を会社にたずねてくる。なにしろ、命の恩人なのだ、高価なおみやげを持ってくるのもある。また、夕食への招待を申し出たりもする。感謝と尊敬にみちた熱っぽい視線。
 もちろん、男は悪い気分ではない。しかし、同僚たちにとって、これはまことに奇異に見えるのだった。
「なぜ、あいつが、ああもてるんだ」
 と、だれもがふしぎがる。男はぱっとしない外見。洗練されたところなど、まるでない。高級な会話の才能も持っていない。身だしなみがいいわけでもなく、とくに金まわりがいいわけでもない。それなのに、彼のところへ美女がつぎつぎにやってくるのだ。
「おい、ひとりぐらい紹介してくれよ」
「してもいいけど……」
 男はそうするが、同僚たちのお気に召すような結果になるわけがない。なにしろ、女性たちにとって、彼は命の恩人なのだ。それと同じような態度を、ほかの男性たちにとれるわけがない。
 時たま、男はふとこう思い、つぶやく。
「おれだって、ふしぎだよ。なぜこうもつごうよく、ことが運ぶのだろう。なにか特殊な幸運が、おれにとりついたのかもしれない。ほかに考えようがない」
 かくのごとく、男は女性たちにもてた。いずれも若い美人ばかりだった。しかし、残念なことに、思う存分それを楽しむというわけにもいかないのだった。
 男には妻があった。多美子という名だが、美しいところはまるでなかった。鼻が低く、まぶたがはれぼったく、くちびるが厚く、足が太く、どう見てもはるかに水準以下だった。しかし、こっちも高望みできる立場にはないのだと、身のほどを知っていた男は、多美子と結婚したのだった。
 多美子には、なんのとりえもなかった。いや、ひとつだけ特徴があった。|嫉《しっ》|妬《と》ぶかく、男から女のにおいをかぎとることについては、水準以上の才能の持主だった。
 男が帰宅すると、多美子が言う。
「きょう、だれか女の人と会ったでしょう」
「いや、その……」
 男はずばりと指摘され、どぎまぎする。
「あたしの目はごまかせないのよ」
「じつは、仕事の上でちょっとだけ……」
「うそおっしゃい……」
 ごまかしようがないのだった。さんざん文句を言われるという結末になる。罰を受け、苦しむのだった。同僚たちからうらやましがられるほど、そとではもてる。しかし、帰宅すると、そのことで多美子にいじめられる。その差がはなはだしいだけに、一層みじめな形だった。
 
 しばらくして、またも例のたぐいのことが発生した。山道で女を助けてから、一か月ほどたった時だ。
 夜ふけの裏通り。刃物を持ったやつに、若い女がおどされている。通りがかった男は、それを見てしまった。事態は切迫しているようだ。ほっておくわけにもいかない。といって、警察へ電話をしているひまもない。
 しかし、かけつけて助けようにも、刃物の持主が相手では、勝目がない。どうしたものだろう。あせりながらポケットに手を入れると、なにかがさわった。引っぱり出してみると、笛だった。乗り物ごっこの好きな近所の子にやろうと思って買った、おもちゃの笛。
 男はそれを口に当てて、強く吹いた。ピリピリピリ……。
 静かななかで、高らかにひびいた。女をおどしていた人物は、警官が来たのかと錯覚し、あたふたと逃げ出していった。女はほっとし、男にお礼を言う。
「おかげさまで助かりましたわ。一時はどうなることかと。いらっしゃるのがおそかったら、あたし、ぐさりとやられていたかも……」
「よかったですね」
「お礼の申しようもありませんわ」
「いえ、当然のことをしたまでです」
「とおっしゃると、あなたは刑事さんなんですの」
「ちがいますよ。たまたま、ポケットに笛があったというわけで……」
「まあ、そうでしたの。かかわりあいになるのがいやで、他人の危難を見て見ぬふりをする人が多い世の中ですのに、あなたはなんと勇気のあるかた……」
「いや、勇気なんかじゃありませんよ。笛があっただけのことです……」
「じゃあ、頭の回転がすばやいと申し上げるべきかしら。いずれにせよ、あたしは助けていただいた。これは事実ですわ。あなたは命の恩人、ぜひ、お名前を……」
 またもだ。ことわりきれるものでないことを、男は知っている。名刺を渡して別れることになるのだった。
 二、三日して、その女は男の家へやってきた。お礼にと高価な品を持って。
「いただいた名刺の会社へ問いあわせ、おたくの番地を知りました。先日は、本当にありがとうございました。こんな程度の品では、とうてい感謝の気持ちはあらわせませんけど、とりあえずごあいさつに……」
「わざわざいらっしゃることなど……」
「それでは、わたくしの気がすみません。そのうち、会社のほうへもおうかがいいたします。わたくしにできることでしたら、なんでもお望みのことをいたします。あなたは命の恩人なんですから……」
 熱っぽい目で男をみつめ、そして、帰ってゆくのだった。
 そのあとで、妻の多美子がおこる。
「あなた、どういうつもりなのよ。女が家にやってくるなんて……」
 さっきの女の美人である点が、いっそう多美子のお気に召さなかった。男はしどろもどろで弁解する。
「どうもこうもない。運命のせいか、超能力のせいか、マスコットのせいか、おれにもわからないんだ。つまり、こうなったのも、偶然のことで……」
「偶然なんて言いわけが通用するんだったら、世の中、平穏か大混乱かどっちかよ。信用できないわ。いまの女の人と、そとでいつも会っているんでしょう」
「ちがうよ。そとで会っているのは、べつな女だ」
「まあ、何人も女がいるっていうわけね。あなたがそんな人だったとは。結婚する前は、まじめな人のようだったけど、あれはごまかしだったわけね」
「そんなことはないよ」
 男がいかに弁解しても、多美子の口調は激しくなる一方だった。もっとも、冷静に事情を説明できたとしても、多美子のみならず、だれも理解はしてくれないだろう。
「もう、がまんできないわ。あたし、ここから出て行くわ。二度と戻ってこないから」
 多美子は全財産、つまり預金通帳を持って出ていってしまった。しかし、男はしいてとめようとしなかった。戻ってこないほうが、かえっていいのではなかろうか。
 なにしろ、おれには幸運がとりついているのだ。超能力がめばえてきたというべきかもしれない。あるいは、なにかマスコットのたぐいのような神秘的な作用のおかげかもしれない。
 あわやという時に出現し、美女を助けるということができるのだ。ふしぎなことだが、事実ずっとそうだった。
「さあ、これからが本当のおれの人生なのだ……」
 うれしさがこみあげてきて、男は笑いを押えられなかった。これからは、気がねすることもない。美女たちの感謝と尊敬の視線にかこまれた日々がつづくのだ。おれのためならば、なんでもしてくれる女たち。気がむいたら、そのなかから、これはというのをえらび出し、結婚すればいい。それも、急ぐことは少しもないのだ。
 期待のうちに月日がたった。しかし、一か月、二か月とすぎても、なぜか、いままでのような事件にはめぐりあわなかった。また、これまでひっきりなしに会社にたずねてきた美女たちも、やってこなくなった。
「どういうことなのだ、これは。恩知らずめ。こっちからたずねていって……」
 そこまで考えて気がついたのだが、男は女性たちの住所や姓名を聞いていなかった。いつもむこうからやってくる。そんなものを知る必要がなかったのだ。
 美女たちとの縁は、まったく切れてしまった。つまらない平凡な毎日となった。
 
 一方、出ていった多美子と再婚した男があった。ぱっとしない、とりえのない平凡な男だった。そんな男ぐらいが、彼女とつりあうのだった。
 しかし、その男はやがて、平凡でない偶然にめぐりあう。かけ足で踏切りを渡ろうとした時、不注意で女にぶつかり、女を突き倒す。その瞬間、電車が通りすぎてゆく。踏切りの係がうっかりし、|遮《しゃ》|断《だん》|機《き》をおろし忘れていたのだった。突き倒されていなかったら、その女はひき殺されていただろう。
「ああ、あぶなかった。あなたのおかげで、命びろいしましたわ。命の恩人ね。このことは決して忘れませんわ。あたしにできることでしたら、どんなお礼でもいたします。ぜひ、お名前を……」
「いや、名前など……」
 そう答えながらも、まんざらでもない気分。こんな美女に感謝されることになるとは。幸運とやらがおれにもまわってきたようだ。それとも超能力だろうか、あるいはなにかマスコットのたぐいか……。
 美女を助けて感謝されるという幸運のマスコットは、多美子。それがセットになっているなど、気づくわけがない。
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