さて、このような話がひろまり、かぐや姫がいかに美しいか、だれもが語りあった。それはミカドの耳にも入った。
ミカドとは帝と書くが、本来は直接に名をあげては恐れ多いので、|御《ご》|所《しょ》の門を|御《み》|門《かど》と呼び、それに代えた。だから、ミカドには敬称をつけない。
ある日、ミカドは宮中に仕える女性、|中《なか》|臣《とみ》の|房《ふさ》|子《こ》に言われた。
「どうやら、多くの男たちが、かぐや姫を手に入れようと、つとめたらしいな。みな、みじめな失敗に終り、なかには命を失ったのもあるとか。どのような女なのか、出かけて見てきてくれぬか」
「はい、行ってまいります」
房子は、ミカドの思いももっともだと、竹取の家を訪れた。家の者たちは、宮中からのお使いとあって、かしこまって迎えた。房子は、じいさんの妻、ばあさんに言った。
「よろしいか。ミカドのお望みで、やってきました。かぐや姫は世にも珍しく美しいので、見てまいれとのお言葉。わたしがうかがったのは、そのためです」
ばあさんは、頭を下げた。
「しばらくお待ち下さい。本人にそのことを伝えますから」
そして、家のなかの姫に話した。
「……というわけなのです。いままでの、ほかの男たちとはちがいます。ミカドのお使いなのです。早く、お会いしてさしあげなさい」
「そう言われても、あたしはべつに美しいとは思っておりません。お見せするほどの顔ではありません。お会いしません」
その気になりそうにない。ばあさんは、困ってしまった。
「そのようなことを申しては、なりません。ほかならぬ、ミカドのお使いなのですよ。軽くあしらっては、いけません」
「かまわないでしょう。使いの者なのです。ご本人ではないのですから。かわりに見てこいと言われ、やって来た人」
きげんも悪くなり、会おうとしない。
ばあさんにすれば、ずっと育ててきたし、本当の子と思って毎日をすごしている。しかし、こうなると強くも言えない。これまでにも、せっかくのいい話を、何回もことわってきている。こんどもか。
お使いの房子のところへ戻って、ばあさんは言った。
「まことに恐縮なことですが、あの子はまだ幼く、世間しらずで、分別もない。わがままな性格で、言い聞かせても、いやがるばかりなのです。申しわけありませんが」
房子も、すぐ引きさがるわけにはいかない。
「かならず見て来いとの、ご命令なのです。それをせずに、ただ帰るわけにはまいりません。ミカドとは、この国で最も高い身分のかたですよ。あなたがたは、ここに住んで暮らしている。そこをお考え下さい」
声を強め、説得の意味をこめて言った。それは、かぐや姫の耳に入った。力ずくのようなのが気に入らないらしく、こう答えた。
「むりにでも引き出したいのなら、殺してからなさったらいいでしょう」
どうにもならない。これ以上いくら話しても、むだなようだ。あまり、こじらせたくもない。
房子は引きあげ、ミカドにそのいきさつを報告した。ミカドはうなずく。
「そうか。かなりのわがままだな。そのため、命を失う者が出たりしたのか。そういう女が、いたとはな」
それで、いちおうことがすんだ。
しかし、ミカドは、気になってならない。ひとり、つぶやいたりする。
「会いませんの返事で終りでは、すっきりしないし、こちらの立場もない。なにか手をつくしてみよう」
そこで、竹取りじいさんを呼び出して、こう告げた。
「おまえの家にいるかぐや姫を、ここへよこしなさい。そば|仕《づか》えをさせたい。かなりの美しさと聞いたので、使いの者を行かせたが、会ってくれなかった。どうも、すなおでないな。どんな育て方をしたのか」
じいさん、頭をさげて申し上げた。
「育てはしましたが、実の姫ではないので、ゆきとどかない点はお許しを。あれには宮仕えのような、行儀作法にしばられたことなど、できっこありません。あつかいにくい性質です。しかし、せっかくのお話。帰って、あらためて言いつけてみましょう」
その答えに、ミカドは期待をかけて言った。
「よろしくたのむ。姫は、おまえとは長く暮していて、親子のようなものではないか。宮仕えといっても、わたしのそばにいてくれるだけでいいのだ。そうなれば、おまえに五位の|位《くらい》を与えよう。約束する」
その身分になれば、宮中へ自由に出入りできる。じいさんは、喜んで家に帰り、かぐや姫にわけを話した。
「これほどまでに、ミカドはおっしゃられたのだ。宮仕えしてもいいのではないか。ありがたいお言葉と思うが」
姫の答えは、これまでと同じ。
「そのようなことをする気には、どうしてもなりません。いやなのです。むりにでもさせたいのなら、夜逃げをして、姿をかくしてしまいますよ。それほど位がほしいのでしたら、わたしは宮中へあがり、そのあと、死ぬか消えるかいたしましょう」
それを聞いて、じいさんは驚いた。
「なんということを。わが子に死なれてまで、位や官職をもらおうなど、思ってはいない。しかし、なあ、宮仕えとは、死よりもつらいような仕事ではないのだよ。なりたがる女も多いのだ。わたしには、そこがよくわからんのだ」
じいさん、しきりに首をかしげる。姫は言った。
「これまで、いろいろなことがあったでしょう。わたしは、男のかたに仕えるのが、いやなのです。たくさんの財産を使ったり、命を落とされたかたもいました。それでも、わたしはお断わりしました。おわかりでしょう」
「そうだなあ」
「このお話は、ついこのあいだはじまったばかり。ほかのかたがたには、何年もの年月をお待たせした上でです。ミカドだから、はい、すぐにでは、ほかのかたがお気の毒ですし、みっともないと思われます。うそではありません。死ぬか消えるかになってしまいますから」
「それなりに考えた上でのようだな。これからミカドにお会いし、宮仕えの件はその気になれないとお伝えしてこよう。おまえに死なれては、なにがどうなろうと、これほどの悲しみはない」
竹取りじいさん、出かけていってミカドに申し上げた。
「どうも、たび重なる失礼をお許し下さい。ミカドのお心のありがたいこと、いやな仕事ではないことを、くわしく説明したのですが、あの子の気を変えさせることはできませんでした。力ずくなら、死ぬの消えるのとまで言います。わたしが育てはしましたが、もとは竹林のなかでみつけたのです。どこか普通の人と、感じ方がちがっているようで、あつかいにくいのです。申しわけありません」
ミカドも、それ以上はむりと思った。
「やむをえないな。宮仕えさせるのは、あきらめよう。そうだ。そういえば、おまえの家は山のふもとのあたりだったな。わたしが狩りに出かけ、そのついでに立ち寄ってみようか。そうすれば、顔を見ることもできるだろう。せめて、それぐらいは手伝ってくれないか」
そのたのみには、じいさんも断われない。
「いいお考えですね。それでしたら、お力になりましょう。あの子が気をゆるめて、のんびりしている時に、ふいにお立ち寄りになれば、ごらんになれましょう」
いつにしたらいいかを打ち合せ、ミカドはお供を連れて、狩りに出かけられた。お供の人たちも、なぜ急にと、ふしぎがった。
家に近づくと、じいさんが出迎え、ミカドをそっとなかへ案内した。そこには、きよらかで美しい人がすわっている。あたりには光がただよい、この世の人とは思えない。
かぐや姫に、ちがいない。
そばへ寄ろうとすると、奥へかくれようとする。着物のそでをつかもうとしたが、姫はたもとで顔をかくしてしまい、はじに手が触れただけ。
顔をかくしたが、ミカドはさきほど、気づかれずに見ている。忘れようもないほど美しい。そでを、もう一方の手でつかむ。
「逃げないでくれ」
引き寄せようとすると、かぐや姫はお答えした。
「この、わたくしのからだが、この国に生れたものでしたら、ミカドのために、どのようなことでもいたしましょう。それが、ちがうのでございます。なんとかして連れていこうとなさっても、そうはいかないと思います」
「そんなことは、ありえない。いま、ここにいるではないか。この手で、そでをつかんでもいる」
ミカドはお供の者たちに声をかけ、|輿《こし》という乗り物を、こちらに持ってくるよう命じた。その上に、移せばいいのだ。
そのとたん、かぐや姫は影のように消えてしまった。手のなかのそでも、見えなくなった。けはいは感じられるのだが。
「こうなってしまうとは、思ってもみなかった。せっかく、手にしたのに。普通の人間とは、ちがうのだな。じいさんから、それは何回も聞かされていたが……」
ミカドはつぶやき、立ちつづけた。姫は近くにいるようだし、立ち去る気にもなれない。たのみこむ口調で呼びかけた。
「わかった。もう、連れていこうとは言わない。しかし、このまま別れるのも、心残りだ。もう一回、もとの姿になって下さい。その上で帰りましょう」
かぐや姫は、ふたたび現われた。たもとでかくしているが、顔つきはよくおぼえている。この上なく美しい女性が、ここにこうしているのになあ。ミカドであっても、できないこともあるとは。
あきらめねばならないようだ。だまってうなずくと、姫は奥へと入っていった。ミカドは、じいさんに言った。
「なんとか、会うことだけはできた。これも、おまえのおかげだ。いろいろと、手数をかけてしまった。礼を言う」
「まことに、行きとどきませんで。おわかりいただけましたでしょう。せっかくのお出ましです。お供のかたたちに、食事やお酒をさしあげましょう。ミカドも、ごゆっくり」
ひそかなお出かけとはいえ、ミカドともなると、おそばの人や警備の人など、目立たぬよう従ってきた人数も多い。じいさんとすれば、姫のおかげで豊かになったわけでもあり、姫に代ってのもてなしのつもりだった。
それも終り、ミカドも帰途につかれた。かぐや姫を残したままとは、残念でならない。魂を残して行くようだ。乗っている輿の上で、和歌を作った。
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帰るさの|行幸《みゆき》もの憂く思ほえて
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そむきてとまるかぐや姫ゆゑ
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姫の心がわたしに背をむけたので、わたしのからだは、そちらに背をむけて帰らなければならない。きょうの訪れは、心残りの結果となってしまった。
それをとどけさせると、姫からのご返事の歌があった。
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|葎《むぐら》はふ|下《した》にも年は|経《へ》ぬる身の
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なにかは玉の|台《うてな》をも見む
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むぐらとは、つる草のこと。そんなものにかこまれた家で、年月をすごしてきた、身分の低い者でございます。玉のように貴いお家柄のかたとは、つりあいません。
ごらんになったミカドは、頭がからになった気分だった。戻りたいけれど、姫の心はこの歌ではっきりしている。もの思いにふけって、ここで一夜をすごしたいが、何十人ものお供がいるのだ。宮中に帰らなければならない。
それからは、ミカドにとって、つまらない日々がつづいた。おそばにいる女性たちは、えらびぬいた美しさの持ち主のはずだ。そう思ってもいたのだ。
しかし、かぐや姫を見たあととなっては、どうしても、くらべてしまう。そして、ここは気の沈む場所ということになる。
お|后《きさき》や女官たちの部屋へ出かける気にもならない。ひとりで、ぼんやりと日をすごす。折にふれ、姫に手紙をお書きになる。それは心のこもった文だった。
かぐや姫のほうも、それに対し、感情を文にしたご返事をさしあげた。木や草の、四季の変化の眺めなどを和歌にしたりして、手紙のやりとりがつづいた。
さて、ひと息。
ついにミカドのお出ましとは。かぐや姫も、いままでの男たちとは、ちがった応対をすることになる。
現代の読者だと、五人の男をふみ台として、貴いミカドに近づいたと受け取るかもしれない。この作者としても、それも計算に入れてはいたろう。
しかし、じいさんとの打ち合せにより、ミカドは姫の顔をまともに見ることができた。姫にすれば、顔を見られてしまったのだ。瞬間的とはいえ、視線が合った。
当時として、これは心を動かす大きな原因になったようだ。会っていなければ、どんなにも警戒的になれるし、冷たいあしらいもできる。
一目でも会ってしまうと、死ぬの消えるのとの強硬さも、調子が下る。そのあたりを考え、ミカドはじいさんの協力で、ほかの男とちがう立場に立てた。
あるいは、ミカドは好ましいかただったのかもしれない。いやしくも国をおさめる身だから、人徳もお持ちだったろう。これだけ思いがつのれば、部下の兵を動かせた。
しかし、権力も使わず、ミカドとしての地位もわきまえ、おとなしく宮中へ戻った。かぐや姫も、そこに同情したのだろう。
それにしても、かぐや姫は、まだなにが不満なのだろう。
そう思わせるところが、この物語の作者の巧妙なところ。まさかという人物まで、登場させてしまった。ここまできたら、読む側もあとをあきらめる気にはならない。
これから、どうなるのだろう。ミカドが着物のそでを手にした時、姫は姿を消し、願うと、また現れた。場所を自由に移動できるのだろうか。そうらしい。そうでなかったら、そもそもの最初、竹の|節《ふし》のなかにいたのが変だものね。
なにかが起りそうな感じが、ただよっている。はたして。