小学生の頃「父の日」に、子供達から何かプレゼントするようにと母に言われたのが最初だった。母の日と同じように包を開けて「おぅ!良いね!」とか「こんな欲しかったんだ!」という歓声とともに、父親の笑顔がはじけるようなお祭り気分を期待して、子供なりに一生懸命考えた。
普段の慎ましいとはイメージの違うなにか夢のあるものを、恐らくお洒落などという言葉は人生の辞書にはないに違いない父が驚き、喜んでくれるもの、それは、父にとって、どう見ても日常ではない「身繕いのためのもの」ではないかと考えた。お酒は飲めず、大のコーヒー好き、休みの日など頭にヘアバンドを巻いて一人で読書をしている姿しか思い浮かばない。お洒落な父親だったら良いのにという思いが子供なりにあったからだろう。
その類のものを父はいっさい持たず、ときどきオリーブオイルを髪や顔に塗って手入れしていたのを見かけた。見かけたというのも変だが、私の実家は田舎のお寺で、東京の住宅事情から考えると信じられないほど広く、両親が使う鏡台のある部屋は、父がいれば絶対に足を踏み入れなかった。近寄りがたい存在だったのだ。
いずれにしろ、そんな父に子供なりに託したのは、コマーシャルに登場するような溢れんばかりの愛情を態度で示す、軽やかで親しみやすい父親像であった。今思えば、子供っぽい妄想である。その頃男性化粧品が、一般的になり初めていて、テレビのコマーシャルで話題になっていたバリウッドの渋い男優がうなるようにつぶやくフェイスクリームを贈ることに決めた。
「お父さん、すきかな?」母親に聞きながらも、いよいよ、父の日がきて、夜ご飯の時、頃合いを見計らってプレゼントを差し出した。「......」無言で贈り物をつくづく見いる父の姿は、聞くまでもなく「なんだこれは?」もしくは「子供らしくないものをえらんだな」。いずれにしてもわくわくしていた私を落胆させるに十分な反応であった。鏡台に母が置いたそのクリームは使われた形跡のないまま、いつの間のかなくなっていた。
以来、父の日がくると母と一緒にポロシャツなど現実的なものを選び、贈り物にした。父はそう喜びもしないが、確実に身につけてくれた。
サービス精神満点の母親とは正反対の喜び下手の父の心を理解できる年齢でもなかった。不器用な贈られ下手だったと思う。私が二十歳になった時、父は一連の真珠のネックレスをプレゼントしてくれた。粋なところもあったのだ。
父の日がくるたびに、思い出す男性用のクリーム。あの時選んだのは、自分が父親に寄せる一方的な思い、片思いのプレゼントだったと、大人になった今しみじみと思う。