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「旅立ち」

时间: 2016-10-18    进入日语论坛
核心提示: 足に重みを感じて、目が覚めた。 ダブルベッドの隣で寝ている娘の足が、私の足に乗っているのだ。はずそうとした。だが、やめ
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 足に重みを感じて、目が覚めた。
 ダブルベッドの隣で寝ている娘の足が、私の足に乗っているのだ。はずそうとした。だが、やめた。娘の大学受験前夜、新宿のホテルでのことである。
 10日ほど前であった。
 「いっしょに行けないかなあ?」
 娘は、そう言い出した。
 「仕事もあるし、行けないよ。1人で行くって言っていただろう」
 そう答えてきたが、そのときは、「わかった」と言うが、翌日、また聞いてくる。
 明後日が受験日という晩にも聞いてきた。「いっしょに行って欲しいんだけど、どうしても、だめ?」
 悲しいような、せっぱ詰まったような、そんな言い方であった。
 いずれ、娘と離れて暮らすことになるだろうし、娘と出かけることもなくなるだろう。だから、とも思ったが、有無を言わせない言い方に負けた。
 「行くのはいいが、宿は別になるぞ」
 「ダブルだから、いっしょに泊まれるよ」
 受験日前夜の宿を確保するのが困難であった。なんとかダブルの一室を探し当て、予約していたのだ。そこにいっしょに泊まればいいと娘は言う。
 昼過ぎに盛岡を発ち、受験会場を下見して、夕方、宿に入った。
 「そんな端に寝なくてもいいよ」
 娘の声を背中に聞いて寝たのだった。
 中学二年のときに母を亡くした。進学する高校も自分で決めた。
 高校に入学して間もなく、学校に行きたくないと言い出した。先生とのトラブルであった。説得して、学校近くまで送って行くが、どうしても車から降りない。学校と交渉もした。あちこちに相談もした。だが、本人の学校へ戻る意思はなかった。
 高校への通学は3カ月でやめ、翌年の3月末に退学した。
 そのまま就職すると言い始めた。高校だけは出ておいた方が良いと話しても、人は、学歴じゃないと言い張る。
 「高校や大学を卒業しても、人間としてだめな人はだめじゃない?」 
 「それはそうだが…。でもね」
 理屈と現実は違うと言っても、受けつけなかった。
 けんかにもなった。長いこと口もきかないときもあった。甘やかして育てたのかもしれないと、悔やんだこともあった。
 その後、大学入学資格を通信教育で取り、1年間予備校に通って、今日まで来た。私にとって、ここまでたどりついたという安堵感が先にあり、受験結果はあまり気にしていなかった。
(ごくろうさん)
 そんな思いで、娘の足をそっとはずした。
 翌朝、「これ食べて」と、朝食のデザートを取ってくれた。サービスが良い。受験会場に向かう時も、先に行って切符を買ってくれる。電車に乗ってからも降りる駅が近づくと目で合図をする。
 昨日までは、いつも私の後ろについてきていたのだが、今朝は違っていた。
 最寄りの駅から試験会場まで、20分ほど歩く。会話もなく、並んで歩いた。
「ここでいいよ。お父さん、仕事があるんでしょ。今からだと、昼までには帰れるよ。ありがとう」娘は受験会場の正門前でそう言うと、小さく手を振った。
 声をかけようとしたが、その間もなかった。振り向いたら合図をしようと、キャンパスを進む娘の背を追った。だが、一度も振り返らずに会場に消えた。
 娘との距離が広がったそんな気がした。そして、取り残されたような寂しさがあった。
 受験がうまくいけば、お互い一人暮らしとなる。距離を感じたのは、娘にはすでに旅立ちの準備ができていたからであろう。自分にはまだ何の準備もできていない。だから、寂しさを感じるのだ。
 自分にそう言い聞かせて、先に帰ることにした。
 昨夜のことは偶然のことで、娘は気づいていないだろう。しかし、あれも、娘の最後の甘えだったような気がしてならない。
 左足に乗った娘の足の感触がよみがえってきた。柔らかいふくらはぎの感触であった。
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