お腹をすかせたゾウの鳴き声が、会場いっぱい響きわたる。毎年八月になると、大阪の動物園で開催される『戦時中の動物展』で、自ら書いた絵本『カメラを食べたゾウ』の読み語りを続けている。湾岸戦争中、誰れも世話をする者がいなくなったクウェートの動物園で、一頭のゾウが、取材にやってきたカメラマンのカメラを、長い鼻で奪い取り、空腹のあまり、食べてしまったという本当にあった話だ。その昔、ここ、大阪の動物園でも、戦争のため、多くの動物達が犠牲となった。展示される動物達の剥製が、その当時の悲惨さを物語っている。今でも、世界中のどこかで争いごとや貧困のために、飢餓に苦しみ、信じ難いほどの沢山の“命”が失われている。
杖をつきながら、広島から電車を乗り継いで、やっと大阪の動物園に辿り着くと、動物達はのんびりと餌を食み、水を飲んでいた。売店では、かき氷を食べる親子連れの姿が見える。その何気ない光景とは裏腹に、一滴の水さえ、不自由を強いられている子ども達がいる、国がある。
私は、パーキンソン病という難病を発症して十年になる。筋肉が固縮し、字が書きづらくなり、声も出づらくなり、歩行困難にもなってきた。だが、いつも当然のようにいただいている、ホクホクのお米や、具沢山の味噌汁は、私のちからメシとなって、十年目のこの夏も、パオーンおじさんよろしく、ゾウの叫び声を、なんとか出せることができた。
「ゾウさんに、ぼくの給食を半分あげたい。」—そう言ったのは、微動だにせず、私の読み語りを聞いていた一人の男の子。すると「ぼくも、私も。」という声が、あっちからもこっちからも、聞こえてきた。
(おいおい、今年でおじさん、引退宣言をしようと思っていたのに、こりゃ、困った。)
苦笑いをしながら、出かかった言葉を、あわてて飲みこんだ。