犬のフクがこの実をよく食べた。ポーンと放ると口でパクッと受けて、丈夫な歯でおいしそうにカリカリと音をたてた。
フクは、私が小学校一年の冬に拾ってきた雌犬だ。拾った時は汚れた子犬で、左前脚がぐちゃぐちゃにつぶれていた。獣医に、この脚は直らないといわれたので、幸福に過ごせるようにと、「フク」と母が名付けた。
フクは雑種の中犬になった。こげ茶の毛並みに黒色が混じり、太いしっぽがいつも内に巻かれていた。
私は毎日、散歩に行った。途中で車が来ると、フクはすくんで動けなくなった。私は抱いて道の端によせながら、車にひかれて脚が悪くなったのかもしれない、と考えた。
私は、学校でいじめられた時などフクを抱きしめた。ゴワゴワした毛は日なたくさいにおいがして温かかった。フクはザラッとした舌で私の手や顔を舐めた。真っ黒い大きい目で、じっと私を見ていた。
中学、高校も私はフクの散歩を日課とした。友達とうまくいかなくて寂しかったり、受験で苦しい時などフクを連れて気のすむまで歩いた。帰るとフクは悪い脚から血が出ていることもあった。
短大二年の秋の写真がある。花柄のブラウス、赤いカーディガンにロングスカート、昔懐かしいファッションでのんびり写っている。赤い実の光る姫りんごの木に手をそえて、いつまでもフクが生きているという安心感の中にいる。
フクとのツーショットもある。母が向けたカメラをどちらも見つめている。又、お互いを見つめ合っているのは、フクの鼻先が今にも私の顔にくっつきそうだ。フクは好きだった庭で過ごす最後の秋を感じていたのかもしれない。フクはフィラリアをわずらっていた。
翌年の四月十六日の夜、フクはもう弱りきって玄関に入れられていた。私が通ると呼びかけるように見た。なのに、お風呂から出た手が汚れるのがいやで、なでてやらなかった。
「明日の朝ね」と心の中でいいわけしながら、何か気になった。その夜は悲しい夢を見た。
翌朝起きて玄関に行くと両親がいた。
「フクは死んだよ」と母が言った。
夜中に、母に看取られて母の腕の中で死んだのだった。
四つの脚をそろえて横になり、目を閉じて口をキュッと結んでいた。けれど今にも目をあけて、ザラザラの舌で舐めるように思われた。でもやっぱり、なでると、いつもと同じゴワゴワの毛は冷たかった。庭に、姫りんごの花が満開の四月十七日の朝だった。
それからもう十二年になる。今年も変わらず姫りんごの花は真っ白に咲いた。