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「命の誕生」

时间: 2017-07-27    进入日语论坛
核心提示: 赤黒く日焼けした大柄な男性が玄関前に立っていた。三十代前半と見受けられるその人は初めて見る顔であった。母の四十九日の法
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 赤黒く日焼けした大柄な男性が玄関前に立っていた。三十代前半と見受けられるその人は初めて見る顔であった。母の四十九日の法事を済ませたある年の四月上旬の日曜日のこと。庭の水仙がつぼみをふくらまし春雨にしっとりと濡れている夕暮れであった。
 男性は挨拶もそこそこに「わだすは産婆(さんば)さんにとりあげでもらったのす……」と話し始めた。産婆さんが亡くなったそうだからお線香をあげてくるように、病床にある母親から頼まれて来たとのことだった。「わざわざどうもありがとうございます」と、一般の弔問客に接するように儀礼的な言葉を返していた。
 仏間から出て来た彼は帰りしなにつぶやくように言った。「あのー、あのどき、わだすのうぶゆをわがすてくれだ息子さんは、今どこに……」と。
 私はハッと胸をつかれた。まさか、もしかしたらあの時の--。思わず記憶をたどり始めていた。
 明治生まれの母は助産師をなりわいとして八十五歳まで生きた。昭和三十年代、当時の港町には母ともう一人の助産師さんがいた。市の中心街にさえ産婦人科医院は一軒のみで、まさに家庭分娩(ぶんべん)の主流時代であった。母は長いこと産婆様と呼ばれ、守護神のように頼りにされていた。しかし、七十歳を越した頃(ころ)には、街に医院もふえたため「助産所」の看板を外した。その後は受胎調節指導員の札を張り、病床に伏すまで“むかえびと”の仕事にかかわった。
 私が高校生の頃は、事情があって自宅出産できない妊婦さんや緊急出産の時、我が家の一室が分娩室となった。
 ある夏の夜半、玄関の外で人の気配がした。「産婆さーん、産婆さーん」と連呼している。鍵のかかった引き戸がガタガタと激しく響いてきた。私は教科書や参考書を閉じて出番に備えた。案の定、階下から「起きてるか、急いでお湯をわかしてくれ」と母の声。リヤカーで運ばれてきた妊婦さんを三人がかりで部屋に運び入れるところであった。
 私はいつもの手順で準備を始める。土間にあるかまどに大きめの釜をかけバケツで水を何度か入れる。杉の枯れ葉を敷き細く割った木端(こっぱ)を並べてマッチを擦る。うちわで扇(あお)ぎながら火勢を強めていく。その上に次々と薪(まき)を足していく。やがてできた熾火(おきび)を七厘(しちりん)に移し木炭をのせてやかんをかける。
 「がんばって、もっとりきんで、もう少しだよ、息をいっぱい吸って!」
 母の懸命な励ましが繰り返される。私はいつの間にか、かまどのぬくもりでついうたたねをしていた。遠くで母の声を聞いたような気がした。
 「産まれるよ、準備はいいか、お湯はぬるめにして……」
 すぐさま沐浴(もくよく)用たらいに釜から湯を移す。バケツの水を少しずつ加えながら慎重に湯加減を調整する。妊婦さんが持参したネルの肌着、綿入れ、おむつ、タオルなどをたらいの近くに並べる。一方、母が用意してあるガーゼ、オリーブ油、パウダー、臍(へそ)包帯、体温計、せっけんなどを母の手の届く範囲に置く。
 命の誕生の瞬間だ。今日の赤ちゃんはとりわけ泣き声が大きい。産声は赤ちゃんの生命力の象徴であるといわれる。へその緒が母体から切り離され、結ばれて一人の人間として存在するのだ。
 母は手際よく沐浴を始める。クリーム状の白い胎脂(たいし)がていねいにぬぐいとられる。最初は青紫色を帯びた赤ちゃんの皮膚はやがてバラ色に変わる。なんと美しいんだろう。生まれたての神々しくも崇高な姿である。激しく泣いていた赤ちゃんは、母の魔法の手にかかるとうっとりと気持ちよさそうに目を軽く閉じて静かになる。しだいに呼吸が深くなっていくのがわかる。胸からおなかにかけ動きが大きくなっていく。「もう大丈夫だ」母のひと言で私までホッと溜(ため)息をもらす。
 バスタオルに寝かされた赤ちゃんは指をにぎりしめ、肘(ひじ)を曲げたまま小刻みに動く。まるでバネじかけの人形だ。妊婦を激励した時の毅然(きぜん)とした声はどこかに消え、沐浴中の母は慈愛に満ちたおだやかな表情である。そんな姿が、私の頭の中で聖母マリアと重なって見えた。
 東の空が白白となる頃、むかえびとである母と湯沸かし請負人の仕事は終わった。赤ちゃんは真新しい肌着にくるまれて母親の待つベッドに連れていかれた。
 あの時の赤ちゃんは、三十歳を過ぎた一人前の漁師となって「産婆さん」に会いに訪れてくれたのであった。
 後日、ご自身の船でとった魚が数種類届けられた。箱の中に大きな金目(きんめ)鯛(だい)が入っていたのを思い出す。
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