「そこの住所を言ってみて]、知らないはずは無いのに唐突に父が言った。
「うん、確かに間違いない」と電話の向こうで母との話し声が聞こえる。
「手紙を書いて送ったのに戻ってくるのだよ。住所も間違いないし、どうしてなのか分からないから、もう一度投函してみる」といって電話が切れた。
父から電話があることが嬉しかったが、用件だけポツリと話して、それで終わりだった。
数日後、新居のアパートの小さなポストに、父からの大きな茶封筒が在った。
無事に届いたではないの、と思いつつ封を切った中から、封筒に入ったままの手紙が出てきた。宛先にたどり着けない、と言うような旨の朱色のスタンプが白い封筒に色鮮やかに押されてあった。
「戻ってきたその手紙を送りましたので、何が間違っているのか見てください」とメモが貼り付けてあった。
どこが間違っているのだろう、自分でも気がつかない。暫くその手紙の宛先を見つめている内に、可笑しさがこみ上げてきた。
たまらず声を出して笑った。とても可笑しいのに涙も出て止まらなかった。
私宛の名前が旧姓のままだったのだ。
この日に届いたのは新しい姓で宛名も書いてあったが、戻って来たと言う手紙には旧姓で書いてあった、そこに気が付かなかったようだ
長い間付き合った姓、愛着があるのは私も同じだったが、子煩悩な父らしいと思ったり、几帳面な父らしくないと思ったり、暫く手紙を読む事を忘れていた。
手紙には私が嫁いだ後の、父の病状の事、そして田植えや農作業の近況が細やかに書いてあった。
結婚には反対だったが、私の幸せを願い最後には祝福してくれた。
旧姓のままの娘の宛名に気が付かなかった両親に、あらためて親の気持ちを想い、遠く離れた事に気が付いた。
「とうちゃ~ん、かあちゃ~ん」と小声で呼んだ。
自分のことしか考えていなかった若かりし頃を思い出す。