蒙陰(もういん)の劉生(りゆうせい)が、あるとき、従弟(いとこ)の家にとまったところ、従弟が、
「じつはこの家にはこのごろ妖怪があらわれるのだ。いつ出てくるかわからないし、どこにひそんでいるのかもわからないが、暗闇で出会うと人を突きとばすのだ」
といった。劉生は猟が好きで、いつも鉄砲を持ち歩いていたので、その話をきくと、
「もしあらわれたら、これでやっつけてやるよ」
と、笑いながら鉄砲を示した。
その夜、劉生は書斎の一間で寝ることになった。明りをともして一人で坐っていると、隣の部屋から何者かがはいって来た。五体は人間に似ているが、その顔はまことに奇妙で、眼と眉とのあいだがずいぶん離れているのに、鼻と口とはほとんど一つにくっついており、しかもひどく曲っていて、顔の輪郭も不恰好にゆがんでいるのだった。劉生が鉄砲をかまえると、その妖怪はあわてて逃げだし、扉のかげにかくれた。そして、ときどきこちらを覗(のぞ)くのだった。
劉生が鉄砲をおろすと、妖怪はすぐ姿をあらわし、かまえるとまた扉のかげへかくれる。それをくりかえしているうちに、妖怪は手をふり舌を出して、からかうようなしぐさをしだしたので、劉生はすかさず一発射(う)った。だが、弾(たま)は妖怪にはあたらず、扉にあたって、妖怪はかくれた。劉生が鉄砲をかまえて待っていると、やがてまたあらわれたので射ったところ、こんどは弾が命中したらしく、屋根瓦がくずれ落ちるような音をたてて妖怪は倒れた。近寄って見ると、そこにはこわれた甕(かめ)の破片が散らばっていた。
従弟も出てきてしらべてみたところ、妖怪の正体はこの家に古くからある甕だった。奇妙な顔をしていたのは、子供が甕の面(おもて)に人間の顔をいたずら書きしたからであった。いたずら書きとはいえ人間の顔をそなえたために、甕が変異をあらわすようになったのであろうか。
清『閲微草堂筆記