「うちの息子は東大に行くはずだったのに、受験に失敗したのは、おまえのせいだ」
私は一年遅れながら高校に合格したけれど、付き合っていた開成(かいせい)くんは大学受験に失敗して、浪人する羽目(はめ)になってしまった。
彼の父親の怒(いか)りはふつうではなかったと思う。
彼はしょっちゅうわが家に来ていたし、私も向こうの家に遊びにいったりしていて、とくにお母さんにはかわいがってもらっていた。自分の息子が大学受験に失敗したとなると、とたんに考え方も変わってくるのだろうか。
私も彼を学校の前で待ちかまえていてはデートに誘(さそ)っていたから、彼の勉強時間を奪(うば)うことになったのも事実。言(い)い訳(わけ)はできない。それこそ、「悪魔の女」くらいに思われてもしかたがない。
彼の父親は、彼に対して、開成から東大へというコースを思い描(えが)いていた。それが狂(くる)ってしまったのだから、その落胆(らくたん)は理解できる。私のほうが高校に受かったものだから、よけいに頭にきたのかもしれない。
もちろん、私だけが責(せ)められたわけではない。
「大事な時期に、あんなフーテン女にうつつを抜かしやがって、おまえなんかもう息子じゃない、勘当(かんどう)だ」
父親は息子を家から追い出してしまった。
行くあてをなくし、途方(とほう)にくれた彼は、わが家に転(ころ)がり込んできた。もともと家によく来ていたし、うちの家族は親しくなるとだれとでも親戚(しんせき)のような付き合いをする人たち。頼(たよ)ってきたものを追い返すわけにもいかない。
両親は部屋を与(あた)え、彼が運転免許をもっていたから、うちで使っていない車まで貸し与えて、面倒(めんどう)を見ることになった。
彼は、その恩を仇(あだ)で返すことになる。
勉強もせず、その車で女の子と遊びまわっていたとは。
彼とはそこで終わり。路地(ろじ)に放置していた車は、業者に頼(たの)んで引き上げてきてもらったし、彼から車のキーも返してもらった。うちにあった彼の持ち物も、まとめて送り返した。
私から見れば、神様は残酷(ざんこく)、彼から見れば、悪いことはできないもの。こんな広い東京の中で、よりによって、どこかの女の子を乗せて調子よく走っているときに、私と母が乗った車と出くわすなんて。
「追いかけるほど、あなたがみじめになるだけよ」
母の言葉の意味がわかるのは、もう少しあとになってから。しばらくは泣いてばかりいた。
すぐにキレる性格で、息が止まるほどミゾオチを蹴(け)られたこともあるけれど、私にとっては生まれて初めての彼。失恋の悲しみというより、裏切られたことに対する悔(くや)しさだった。
こんなときに、世(よ)の父親というのは、娘にどういう接し方をするのだろうか。私の父は一言、
「めそめそ泣いてばかりいるんなら、早く寝てしまえ。もう、どうにもなるもんじゃなし、寝るしかないだろう」