「ねえねえ、モデルをやってみる気ない?」
渋谷の街(まち)、制服のせいかもしれない。高校に入ったとたん、背後から声がかかるようになった。
最初に声をかけられたときのことは、いまでも忘れない。
幼稚園のころから、母に連れられてデパートめぐりをしていたから、渋谷の街は自分の庭のようなもの。スカウトマンと称する人たちがウジャウジャいて、街を歩く若い女の子にかたっぱしから声をかけている。うさんくさそうなのも少なくない。そんな光景も、私にはめずらしいものではなかった。
中学生のときも、プータローをしているときも、自分が声をかけられたことはなかった。声をかけられているのに気づかなかったのかもしれない。そのときも、自分が呼びとめられているとは夢にも思わなかった。
ああ、まただれかひっかけられているな……。
うしろからのその声は何度も続き、その場を通りすぎたはずなのに、いっこうに遠ざからない。
「ねえ、きみ……」
いきなり肩をポンポンとやられたときには、飛び上がるほどびっくりした。
この顔のせいで、あちこちでつまはじきにされるんだと思っていたから、自分の顔が嫌(きら)い、自分にまったく自信がない。いたって引っ込み思案(じあん)。自分一人か、気のあったごく少数の友だちと行動するのはいいけれど、大人とか、あまり親しくない人がからんでくると、とたんにぐぐっと腰がひけてしまう。
そんな私だったから、まさか自分がスカウトマンの標的になろうとは、思ってもいなかった。
「ええーッ、私ですかー。いえ、けっこうです」
調子っぱずれな声でそう言い残すと、その場を一目散(いちもくさん)に逃げ去った。なぜか、恥(は)ずかしくてたまらなかった。
この顔で女子高の制服を着ていると、渋谷の人ごみの中でも浮き上がってしまうみたい。それからも、ちょくちょく声をかけられるようになったけど、私はいっさい無視。わずらわしくて、すごくいやだった。