ただまっすぐに立つだけのことが、こんなにむずかしかったとは……。
プロのモデル初日は、まさに最悪。
撮影(さつえい)の前日はほとんど眠れない。カメラの前に立ったら、笑えない。笑おうとすればするほど、顔がこわばってしまう。肩もまっすぐにならない。カメラマンの要求を、なに一つ、満足にこなすことができなかったのだ。
その日、私は家に帰って、おいおいと泣いた。自分が情(なさ)けなくて、悔(くや)しくて、ふがいなくて。
高校二年のときは、しょせんそのときかぎりのアマチュア。事務所と契約(けいやく)して、まがりなりにもプロになったからには、素人(しろうと)臭(くさ)さなんか、なんの売り物にもならない。考え方が甘(あま)かった。
この屈辱感(くつじよくかん)が最初のバネになったような気がする。
事務所の人からは、鏡(かがみ)をよく見て、ポーズの練習をするようにとのアドバイス。私は鏡を見るのが嫌(きら)いだった。こうなったら、自分なりのやり方でやってみたいと思った。
私は子どものころから、『JJ』をはじめ、いろいろなファッション雑誌を見てきたから、自分ではできないにしても、人がやっていることを見る目はあったと思う。
高校生くらいになると、四分六(しぶろく)くらいに構(かま)えてニッと笑うという、日本人のモデルの伝統的な表現法に、どことなく不自然さを感じるようになっていた。
私は鏡を見て、ありきたりのポーズをつくって、笑顔(えがお)をつくって、というような練習をする気にはなれなかった。
どうやったら自然さを表現できるようになるかを、必死になって考えた。仕事をしながら文化学院に通(かよ)っていたのは、それなりに有益(ゆうえき)だったと思う。
そのときに私が教材として選んだのは、外国のファッション雑誌だった。『ヴォーグ』『エル』『マリー・クレール』などをかたっぱしから読みあさった。とくにモデルがどんなポーズをとっているかに焦点(しようてん)を当てて。
すぐに気づいたのは、いわゆる“ニコパチ”ポーズがほとんどないことだった。