トットは、テレビスタジオの、まん中に立って、目をこらし、みんなの足許《あしもと》に、注目していた。誰《だれ》かが、カメラのケーブルの上に、のったり、踏んだり、していないように。
テレビカメラには、長くて、太いケーブルが、ついていて、電源に、つながっている。時には、蛇《へび》のように、スタジオの床《ゆか》に、とぐろを巻いてるときもあり、また、カメラマンが、大急ぎで、カメラを押《お》して走ると、ケーブルも、どんどん、のびるので、ぼんやり立っていると、それに足をとられて、ひっくり返る人もいる。だから、それぞれのカメラには、アシスタントがいて、ケーブルが、もつれたりしないように、とか、カメラが、このケーブルの、のび[#「のび」に傍点]が悪いため、先に行かれなかったりしないように、とか、立ってる人や、セットを、ひっかけないように、と、注意して、ケーブルを手に持って、さばくのが、仕事だった。
ところで、トットは、このカメラのケーブルの上に、のったり、踏んだりしてる人を見ると、
「すみません。それ、踏まないで下さい」
と、頼《たの》んで歩いた。みんなは、不思議そうな顔で、トットに聞いた。
「なんで、そんなこと、頼むんだい?」
トットは、教わった通りに、答えた。
「だって、これ踏まれてると、私の顔が、つぶれて写る、って聞きましたから」
本当に、そう思ってたから、トットは、大《おお》真面目《まじめ》だった。ところが、スタジオ中の、みんなは、ドッと笑った。……トットは、だまされていたのだった。この間、カメラのアシスタントの男の子が、ケーブルを指して、
「これ踏むと、顔が、つぶれて、写るよ!」
と、トットに言った。自分の顔が、面長《おもなが》では、ないにしろ、思いなしか、横ひろがりに写るらしい、と、感じていたトットにとって、これは、とても有難《ありがた》い忠告だった。だから、自分が写るときには、誰かが踏んでいないように、気をつけなくちゃ、と思っていたのだった。でも、そういえば、一度、映画から来た、奇麗《きれい》な女優さんが出たとき、(勿論《もちろん》、リハーサルの時だったけど)トットが、ちょっと、誰にも見られないようにケーブルを踏んでみたけど、モニターに写った美しい顔は、決して、つぶれたようには、ならなかった。そのとき、
(おかしいなあ!)
とは、思ったけど、だまされてる、とは、思っていなかった。ケーブルを踏むと、悪く写る、と、本気にしていた。
(この前のように、狐《きつね》のお面を、かぶったみたいに、写っては、困る!)それと、自分でも、自分のことを奇麗とは思っていないけど、これ以上に悪く写っては、テレビジョンを、ご覧《らん》の皆様《みなさま》に、ご迷惑《めいわく》だ!……そんな思惑で、今日も、誰かが、ケーブルを踏んでいるのじゃないか? と、スタジオの中を、かけ廻《まわ》って、お願い、したのだった。
ケーブルが関係ない、と、わかったとき、トットは、安心もした。でも、反面、自分が悪く写っても、それが、誰のせいでもない、という現実にぶつかって、トットは、人には言えない、心細い気分にも、なったのだった。