突然《とつぜん》、トットの身の上に、考えてもいなかったことが起った。それは、「お見合いをしてみないか?」という、おさそいだった。
しかも、たて続けに、三つも。
最初のは、トットのママの女友達《おんなともだち》——この人は、かなり、いい画家なんだけど、その人からの話だった。この人は、ママと同じくらいの年で、御主人《ごしゆじん》は、一流銀行につとめている、温厚《おんこう》な人だった。でも、その画家は、温厚な人が、大嫌《だいきら》い、という性格ときているので、しょっちゅう、御主人に、つらく当っていた。なんで結婚《けつこん》したのかは、わからないけど、トットの見る限り、御主人は、大きい体に、やさしい声で、いつも奥《おく》さんの機嫌《きげん》を取るように、何をいわれても、文句もいわずに、暮《くら》していた。その機嫌を取るような態度も、画家である彼女《かのじよ》には、気に入らなかった。なにしろ、この画家は、強い性格の人で、例えば、女の人のヌードを描《か》くのに適当なモデルがいないと、新らしく来た、お手伝いさんに、
「ちょっと裸《はだか》になってよ!」
と、いうような人だった。お手伝いさんは、当然、びっくりして断わる。そうすると画家は、さっさと、自分の洋服をぬいで、こういう。
「私もぬいだんだから、あなたも平気でしょ?」
仕方なく、お手伝いさんは、しぶしぶと洋服をぬぐ。アトリエといっても、普通《ふつう》の日本風の家の一室を、それにあててるんだけど、そこで、描くほうも、描かれるほうも、両方ヌード、という事になるのだった。この話を、ママから聞いたとき、トットは、面白《おもしろ》いと思った。そして、もっと面白いのは、この、一人がポーズ、一人がキャンバスにむかっている、という、二人とも裸の絵を、誰《だれ》かが描くことで、これは珍《めず》らしい絵になるだろう、と想像した。とにかく、そのママの友達の画家の紹介《しようかい》で、トットは生まれて初めて、お見合いをすることになったのだった。ふつう、お見合いというと、相手の経歴だの、写真だのが、前もって渡《わた》される、って話だけど、形式的なことを嫌う、その画家のことなので、トットにも、ママにも、相手のことは、わからなかった。それでも、「お医者ですって」と、ひとこと、直前になって、画家がママに伝えてくれた。それは、多少なりとも、トットが何かを空想する材料には、なった。そして、偶然《ぐうぜん》とはいえ、お見合いの場所が、かねがねトットが、小学校に通ってる頃《ころ》から興味を持っていた家に、決まった。この家は、大井町線の、緑ヶ丘《おか》と大岡山の間の、高台にあった。いつも電車の窓から見ては、
「一体、どんな人が住んでいるのかなあ?」と、トットが、考えていた家だった。
大きな赤い三角の屋根に、白い壁《かべ》の、巨大《きよだい》な西洋館。しかも、小さな窓が一個だけ、白い壁のまん中にあるので、まるで、
(子供の描く絵みたいな家だ!)
と、トットは、その頃、自分も子供だったけど、そんな風に考えていた。そのあたりは、空襲《くうしゆう》で焼けた家も随分《ずいぶん》あるのに、この目立つ家は、焼け残った。
(あの家でお見合いなんて、本当に人生は、不思議なものだ……)
この家でお見合い、というのは、この家の、おばさまが、トットのお見合いする相手の知り合いで、画家のところに、お話を持って来た人だったから、ということだった。とにかく、トットは、子供のときからの、憧《あこが》れの家に行くのだ、というだけで興奮した。「お見合い」という事については、なんとなく「人ごと」みたいな所があった。
お見合いには、両親がついていくものか、どうか……パパとママは、話し合ったけれど、なにしろ二人にとっても初めてのことなので、迷っている風だった。そして結局、ママだけ、という事になった。みんなの都合のいい日の、夕方から、お見合いは始まった。
憧れの西洋館の中は、電車の中から想像していたのとは、全く違《ちが》っていた。広くて、天井《てんじよう》が高く、エキゾティックなんだろう、と、ずーっと思っていた。でも、実際は、天井の高さも、普通の日本の家ぐらいで、しかも家の中《なか》、全体が、なんとなく薄暗《うすぐら》く、いくつも、小さい部屋に仕切られていた。
「想像していた雰囲気《ふんいき》に合ってる!」と、トットが思ったのは、そこの、おばさまが、可愛《かわい》らしい花模様のティーポットから、同じ模様のティーカップに、お紅茶をそそいで、すすめて下さった時だった。夕方の光線と、花模様のティーポット、それから、しゃれた肩《かた》かけの、上品なおばさま……。
(ふむ、こういう人が、住んでいたのか!)
トットは、やっと長い間の疑問がとけて、安心した。
相手のお医者さんという人は、トット達より前に来ていた。トットは、その人に、「今晩は!」といった。トットより、七つか八つ年上だろう、と、トットは思った。色が黒く、あまり特徴《とくちよう》のない感じの人だった。その人は、
「自分は、歯医者です」
と、自己紹介をした。トットのママは、なんとなく、あまりお邪魔《じやま》にならないように、という風に、すわっていた。お紅茶を、みんなにすすめながら、そこの家のおばさまは、その歯医者さんが、
「立派な病院を持っている」ということや、「患者《かんじや》から評判がいい」というような事を、いろいろ話して下さった。トットは、そのたびに、「はあ」と、うなずいた。画家は、だまって、じろじろ、その男の人の顔を見ていた。考えてみると、その男の人は、四人の女の人に囲まれていることに、なるのだった。いつも、よく喋《しや》べるトットだけれど、知らない方《かた》の家だし、まして、お見合いなのだし、と、自分から、しゃべろう、という気持は、なかった。突然、その歯医者さんは、
「私は軍隊にも、行きましてね」
と、戦争中の話になった。そして、その人は、ずーっと、軍隊の話をした。トットを含《ふく》めて、みんな、だまって、時々うなずきながら、ずーっと、話を聞いた。そのうち、お食事も出たけど、その間も、軍隊の話は続いた。随分、長く聞いてる割には、胸を打たれるところが、(あまりないわ)と、トットは思った。勿論《もちろん》、大変だったらしい、という事は、わかるんだけど、印象に残るものがなく、平板な話が、延々《えんえん》と続くのだった。結局、トットが、その何時間にも及《およ》ぶ軍隊の話の中で、印象に残ったのは、一つだけ、「馬が、いた」ということだけだった。
一方、トットのパパは、夜、仕事から帰って来て、まだ、ママもトットも帰って来ていないので、
「これは、話がはずんで、うまくいったに違いない!」と、楽しみにして、二人の帰りを待っていた。夜、かなり遅《おそ》く、トットとママが、疲《つか》れ切って帰ってきた。パパは、二人の様子を見て、いった。
「どうしたの? うまくいったのかと思ってたけど……」
ママは、パパに、いった。
「駄目《だめ》よ、だって、この人より、しゃべるんだもの!」
トットは、ベッドに入ってから、ふと思った。
(歯医者さんの患者さんは、みんな口を開けたままだから、何も喋べれない。そういうとき、あの人は、ずーっと、あんな風に、話をしつづけるのかしら?)
それから、今日トットが、お見合いの人に逢《あ》って、何か言ったのは、逢ったときに、「今晩は!」と、別れぎわに、「さようなら」と、それだけだったことに、気がついた。
(でも、あの歯医者さんは、気のいい人なんでしょうねえ)疲れた頭で、やっと、そこまで考えると、トットは、もう次の瞬間《しゆんかん》、ねむってしまった。そして、この、はじめてのお見合いの結果は、なんとなく、うやむやのうちに、立ち消えになってしまった。
二回目のお見合いは、トットのママのほうの親戚《しんせき》——からの話だった。相手の人は、トットとは、遠い縁《えん》つづきになる人で、この人もまた、お医者さんだった。お父さんも医者で、親子で開業してる医者だった。先方のお母さん、という人は、ママも、よく知ってる人なので、今度は、気楽にいきそうだ! と、ママは、いった。
それにしてもお見合い、という制度について、トットのパパやママは、「これでうまくいくのかしらね」という気持を、もっていた。自分たちが、恋愛《れんあい》結婚で、周囲の反対がありながら、若いときに結婚しただけに、お見合い、ということに、あまり積極的では、なかった。積極的なのは、トットだった。
(結婚したい!)
という気持は、特に、なかったけど、お見合い、という方法は、悪くない、と思っていた。
(お見合いなら、自分だけじゃわからない、相手のことを、パパやママに、よく見て貰《もら》える!)
いろんな点で、トットは、自分の判断を、信用してないところがあった。だから、パパとママに判断してもらうのも、悪くない、と考えていた。
「結婚」という事を、トットは、人生の中で、一番くらい、重要な事、と考えていた。するなら、絶対、一生、別れたりしないで、一緒《いつしよ》に暮していきたい、と、おぼろげに考えていた。少しずつ「離婚《りこん》」という言葉が、人の口に、のぼるように、なり始めた頃だった。でも、まだ離婚する人は少なく、もし離婚、となると、もう、誰かが死にでもしたような騒《さわ》ぎで、将来は、もう真暗、という、そんなイメージが、あった。
二度目のお見合いは、大森にある、相手のお家だった。出迎《でむか》えて下さった、お母さんを見た時、トットは驚《おどろ》いた。奇麗《きれい》な顔立ちのかたなのに、目のまわりと、口のまわりが黒茶色で、ちょっと、むじな[#「むじな」に傍点]のようだった。お見合いの相手は、背が、うんと高く、ハンサムで、のびのびと育ってる人のように、見えた。家の中に、白いスピッツ、という種類の犬が二|匹《ひき》いて、たえず、キャンキャンと吠《ほ》えていた。スピッツも、まだ珍《めず》らしい頃だった。ところが、このスピッツが、神経質で、トットやママがお邪魔をして、随分たつのに、何だか、いつまでも、キャンキャン吠えていて、落ち着かないお見合いになった。それでも、トットとママは、暖かい、おもてなしを受けた。お食事がすむと、お父さんのほうの、お医者さんが、トットと息子《むすこ》に、
「散歩でも、してらっしゃい」
といった。トットたちは、なんとなく、相手を意識しながら、二人で外に出た。玄関《げんかん》まで、二匹のスピッツは、ついて来て、また、ひとしきり、吠えた。羽田のほうから吹《ふ》く風の中で、歩きながら、その人は、友達の話だとか、医学の話をした。トットも、少しは、テレビの話とかを、した。でも、なんとなく、共通の話題もなく、盛《も》り上りに欠けて、二人は、家に、割と早く帰って来てしまった。また、スピッツが、玄関に来て、吠えた。飼《か》い主も客も、見さかいのつかない犬のようだった。
「パパが、そろそろ帰って来る時間なので……」
と、ママがいって、トットとママは、失礼することにした。むじなの顔のお母さんは、門のところで、トットに、「また是非《ぜひ》、遊びにいらして下さいませね」といい、息子は、少し離《はな》れた後ろのほうで、頭を下げた。スピッツ二匹は、顔を並《なら》べて、お別れのつもりか、一段と高い声で、吠えた。帰り道、ママが、少し笑い声で、いった。
「あの、おばさまね、上等のクリームというのを買って、特に、目のまわりと、口のまわりの、しわの出そうな所には、よく、すりこんで、マッサージしなさい、っていわれて、そうしたら、なんだか、クリームが合わなくてね、あんな風に、しみになっちゃったんですって。いつかは、もとにもどるそうだけど……。あら、あなたも、むじなって思った? 私だって、びっくりしたわよ」
ママは、別に、お見合いの相手を、「どうだった?」とは聞かなかった。でも、トットの様子で、少し興奮に欠けてる、と思ったのか、数日後、「この間の話、うまく、断わっておくわ」といった。トットも、あのスピッツの中に入って、嫁《よめ》として、うまくやれるとは、思えなかった。
懲《こ》りもしないで、トットが挑戦《ちようせん》した三つ目のお見合いは、やはり、ママのお友達からの話だった。このときは、写真は来なかったものの、お父さまの仕事、本人の履歴《りれき》、家族のこと、すべて一目瞭然《いちもくりようぜん》の紙が来た。トットは面白くて、何度も何度も読み返した。お見合いの、いい点は、おいしい食事が出る、という事も、トットは、この頃になると、発見した。両家の話し合いで、お見合いの場所は、「辻留《つじとめ》」になった。噂《うわさ》だけしか聞いてなかった「辻留」でお見合い! トットは、ワクワクした。そして、三人目の、この相手の人も、どういうわけか、お医者さんだった。脳外科のお医者さんで、特に手術が、うまい、といわれてると、ママの友達は、つけ足した。
トットのパパとママの両方のお父さん、つまり、トットの二人の祖父は、両方とも、偶然、医者だった。でも子供は、誰も医者にならなかった。パパのお兄さん達や、ママのお兄さん達や弟も、誰一人として、なろう、とした人もいなかった。孫にも、いなかった。そんなわけで、もしかすると、なんかの、めぐりあわせで、トットの旦那《だんな》さまには、医者を……という事になったのかしら、と、トットは不思議に思いながら、「辻留」にむかった。
この日は、パパも仕事が休みだったので、ママと一緒に、ついて来てくれた。お座敷《ざしき》に入ると、御本人は、まだで、御両親が座《すわ》っていた。トットは、頭がツルツルで、血色がよく、凄《すご》いハンサムのお父さまを、まず、一瞬で気に入った。お母さまも、女らしい感じのかたで、着物が、よく似合っていた。トットは、お父さまとも、お母さまとも、どんどん、いろんな、話をした。二人とも若々しく、会話は楽しかった。
(この御両親の息子さんなら、きっと大丈夫《だいじようぶ》!)トットは、うれしくなった。トットは小さい時から、頭の毛のない人が、好きだった。小学校の時の、大好きな校長先生が、毛が薄かったせいか、特に、ツルツルの人は、大好きだった。そして、ツルツルの人は、たいがい、うまい工合《ぐあい》に、頭の恰好《かつこう》が良くて、いかにも脳味噌《のうみそ》とかが、つまってる! という感じもあって、頼《たの》もしく、トットは、気に入っていた。お母さまは、
「男の子ばかり、四人の家なので、前から、一人でいいから、女の子が、欲《ほ》しいと思っておりましたの」
と、上等のハンカチを、手に握《にぎ》りながら、おっしゃった。やわらかく、やさしい声だった。元《もと》、大変な実業家だった、というお父さまは、すっきりとした体つきで、トットを子供あつかいしないで、対等に話して下さった。お見合いの相手は、その日も手術で、少し遅《おく》れる、という事だった。
お父さまとお母さまを観察していて、トットは、(こんな風な人が来るのかな?)という予想をたてて、期待していた。とうとう、本人が到着《とうちやく》した。でも「遅くなりまして……」と入って来たお見合いの相手の人は、髪《かみ》の毛がフサフサしていた。繊細《せんさい》で、整った顔だけれど、少し神経質そうにも見えた。お父さまと、くらべるのが、おかしいのだけれど、お父さまが持っている�自由闊達《じゆうかつたつ》�の気分——トットが何にもまして気に入ってる——が、息子さんには見当らないのも残念だった。
それでも、初めて喰《た》べる「辻留」のお料理は、おいしく、美しく、心に残った。
それから、トットはしばらく、お見合いの相手の人と話をした。話をすると、物静かではあるけど、お父さまの子供だけあって、活力が充分《じゆうぶん》で、(なんとなく、うまくいくかも知れない)と、トットは思った。
次の日から、お母さまは、トットを、まるで、本当の娘《むすめ》のように思って下さって、デパートなどに一緒に行けば、セーターやブラウスや、オルゴールや、コンパクト等を、買って下さった。将来、もし結婚しないことになったら、困るから、トットは、
「本当に、買って頂くの、困るんです」
と、いちいち、ことわった。でも、昔から娘が欲しく、娘と歩くのが夢《ゆめ》だった! というお母さまは、まるで、堰《せき》を切ったように、次々と、いろんなものを、買ったり、送ったりして下さった。
その間も、トットは、脳外科の先生と、自分のスケジュールの合う日は、デイトして、映画を見たり、食事をしたりした。医学にも、少しくわしくなった。また、大磯《おおいそ》のお宅にも伺《うかが》った。
男ばかり四人の息子の中に、入って遊ぶ、というのは、お兄さんが欲しい、と思っていたトットには、夢のようなことだった。
四人もまた、新らしい妹、という風に、大切にしてくれた。四人とも結婚していなかった。四人の性格も、それぞれ違っていて、トットには興味があった。一緒に、お食事を作ったり、海に行ったり、誰かのガールフレンドの相談にのったり、まるで、学生の寮《りよう》にでも入ってるみたいな、楽しさだった。トットのお見合いの人は長男だったので、もし、結婚したら、トットは年は妹でも、みんなの姉になるわけだった。お母さまは、トットに、すっかり気を許して、
「あの一番下の子、空手か、なんかやったのはいいんですけど、目がするどくなっちゃって……まるで、巾着《きんちやく》切りの目みたいでしょ? いやね」とか、みんなが、ワアワアいいながら、御飯をたべ始めると、
「ごめんなさいね。ちょっと、みんな! ここは飯場《はんば》じゃないのよ!」とか、滑稽《こつけい》なことを、次々と、おっしゃった。見たところが上品なので、こういう、いいまわしが、なお、おもしろく聞こえた。
本当に、遊んでるぶんには、こんな、夢のような事があって、いいのかしら? と、トットには、信じられない気持だった。
ある日、お母さまは、トットの家に見えると、パパとママに、
「七重《ななえ》の膝《ひざ》を、八重に折って、おねがい致《いた》します。どうぞ、お嬢《じよう》さまを、家の嫁にして下さいませ」と、まるで、おがむようにして、おっしゃった。
トットは、考えた。
(たしかに、遊んでる時は、本当に、楽しい。でも、一人になると、やっぱり仕事をしたり、自分の家にいるほうが、気持が安まる。これは、どういうことなのかしら?)
きめかねていた。その頃、ママの友達が、ママにいった。
「お嬢さまというものは、お母さまが、はっきりなさらないと、気持が決まらないものなんです。フラフラしてらっしゃるのは、お母さまの責任もあるんですよ」
ママは、責任を感じて、トットに、いった。
「ねえ、どうする? あなたが決まらないのは、私のせい、っていわれたんだけど……。あちらのお母さまも、あんなに、おっしゃってるから、おことわりするんなら、早くしたほうが、いいと思うわ」
トットは、ふっ! と、(結婚しちゃおうかな?)と思った。色んな点からいって、こんなに、みんなに祝福されてする結婚も、ないかも知れない。パパの意見も聞いてみた。パパは、
「トット助《すけ》がよかったら、いいんじゃないの? やさしそうだし、仕事は、出来るそうだし……」
でも、そうかといって、大賛成! という風でもなかった。
トットは、自分で決めるよりほか、なかった。結婚と仕事を、くらべてみたとき、トットには、結婚のほうが、大切に思えた。「ヤン坊《ぼう》ニン坊トン坊」で、マスコミに、とりあげられ、放送は大ヒットしたけれど、これから先、テレビやラジオで、やっていける、という自信は、全く、なかった。個性が認められる風潮には、なってきたけど、やっぱり、ディレクターや、プロデューサーの感覚の根底には、個性のあまり強くない、美しいけど主張のない顔や、演技や、しゃべりかたを、よし[#「よし」に傍点]とするところも、まだ多分にあった。トットは、自分なりに、いろいろ、考えてみた。
そして、ある日、ママに、そーっと、いった。
「私、あの人と、結婚する」