トット達《たち》の先輩《せんぱい》の東京放送劇団の人達が、他《ほか》の誰《だれ》よりも上手なことの一つに、ラジオの�ガヤガヤ�というのがあった。ガヤガヤとは、�その他《た》大勢��群衆の声�のことだった。例えば、時代もので、役のある俳優さんが、マイクのところで、
「鼠小僧《ねずみこぞう》! 御用《ごよう》だ!」
というと、マイクから少し離《はな》れたところで、何人ものガヤガヤの男の人達が、
「御用!」「御用だ!」「御用々々!」「御用!」
と口々にいって、大勢がとりまいてる感じを出す、そういう仕事だった。
今日、トットたちは、初めて、本当の放送のガヤガヤに使ってもらうことになり、ラジオのスタジオに入った。スタジオに入ったら、まず、御挨拶《ごあいさつ》。それは、
「おはようございます」
だった。(夜なのに�おはよう�は、おかしい)と、トットは思ったけど、そういうしきたり[#「しきたり」に傍点]だから、おかしくないのだ、と、みんなが説明した。事実、ある晩、トットがスタジオに入ったとき、
「こんばんは!」
といったら、古い俳優さんが、
「いやだねえー、近頃《ちかごろ》は。仕事をしてるって感じがしないね。�こんばんは�なんて、なんだか、家に客でも来たのか、って気がしてさ」
と、半分|冗談《じようだん》、でも、本当は、絶対に、
「おはようございます」
じゃなくちゃ、イヤだ! という風に、いった。だからトットも、仕方なく、毎回、心の中で(外は暗いのに!)とか、(さっき、晩御飯たべたのにさ!)と思いながらも、スタジオに入るときは、元気よく、
「おはようございます!」
と、いうようにした。でも、本当のこといって、それから、どれくらいスタジオの生活を続けたかわからないトットだけど、夜、「おはようございます」ということに馴《な》れることは、なかった。だから、夜、スタジオやお稽古場《けいこば》に入るときの、「おはようございます」は、本当の朝に言うときに較《くら》べると、どうしても、小さい声になってしまうのだった。
さて、この日の、トット達、初めてのガヤガヤは、五期生の、ほとんどが一緒《いつしよ》だった。ガヤガヤでも、台本は、ちゃんと一冊ずつもらえた。でも、台本に、ガヤガヤのセリフが一人一人、書いてある、ということは稀《まれ》で、むしろ、その情景に合ったセリフを、自分で作る場合が多く、どんなセリフを考え出すかが、ガヤガヤの本領とも、いえた。
今日のトット達のガヤガヤは、終戦直後の引《ひ》き揚《あ》げて来た人のドラマの中で、主役の男女が道端《みちばた》で話してると、そばで、バタリ!! と男の人が倒《たお》れるところ。バタリ!! という効果音が入り、マイクのそばの主役の男女が、「あら?」とか、「あっ!」とかいうのと同時に、ガヤガヤは、声をひそめて、
「どうしたんですか? どうしたんですか?」
「どっかで見たことのある人ですが……」
「死んだんですか?」
「救急車、呼んだほうがいいんじゃないでしょうか?」
「どこの人ですか?」
「いや、誰かわからないようですよ」
「どうしたんですか?」
「いや、お気の毒に……」
などと、一斉《いつせい》に、言って、なんとなく、本当に、そこに人が倒れたみたいな感じを出すのが役目だった。
トット達が、今日はじめて、というので、先輩のセリフのある俳優さんには待って頂いて、ガヤガヤの部分だけ、特別に稽古をする、ということになった。こういう、部分的な稽古は、「抜《ぬ》き稽古」とよばれることを、このときトットは知った。
ガラス窓のむこうで、演出家が、キューを出した。キューとは、「始め!」のことだった。
五期生は、主役の人より、八十センチくらい離れたところで、主役をとりかこむ形になって、さっきのセリフを、口々にいった。
ちょっとやったところで、ガラスのむこうの演出家の男の人の声が、スピーカーから出てきた。
「ちょっと! ちょっと! 誰かな? 一人だけ声が目立つんだけど。もう一回やってみて?」
いわれた通り、また、みんな口々にやった。すぐにスピーカーから声がした。
「ちょっと、そのお嬢《じよう》さん、あなた!」
指さす方向を見ると、それは、どうやら、トットのことらしかった。トットが、「はい?」という動きをすると、演出家は続けていった。
「困るのよね。一人だけ目立っちゃうと!」
トットは、自分が目立つようにしてる、なんて、夢《ゆめ》にも思ってなかったから、びっくりした。ただトットは、人が道に倒れて死んでるかも知れないのに、声をひそめて、
「どうしたんですか? どうしたんですか?」
という気にはなれないから、凄《すご》く大きい心配そうな声で、「どうしたんですか?」と叫《さけ》んだのは、事実だった。演出家は、いった。
「あなたね、みんなより、ちょっと、三メートルくらい離れて、それでやってみて?」
みんなより三メートルも離れると、同期生の友達の背中しか見えなくて、トットは、とても不安で心細い気がした。それに、これだけ離れちゃうと、倒れてる人が、一体どうなってるか見えるはずがないから、もっと不審《ふしん》になると思ったから、トットは、次のキューのとき、もっと大きい声で、
「どうしたんですかあ?」
といい、(今度は、うまくいったかしら?)と、ガラス窓を見たら、音量を調整するミクサーさんが、なんだか耳をおさえて、とび上ったみたいだった。演出家は立ち上ると、いった。
「あのね、お嬢さん、ずーっと、そのまま、うしろにさがって……。そう、そのまま、ずーっと行って、はい、その、ドアのとこから、やってみて?」
とうとうトットは、一人だけ、ドアのところからやることになった。そうなると、トットは、なんとか、仲間のみんなと声を揃《そろ》えて一緒にやりたい、と思うから、ありったけの力をこめて、
「どーしたあんですかあー?」
と絶叫《ぜつきよう》することになった。同期生は、相変らずマイクの近くで、ひそひそ声で、やっていた。トットが演出家のほうを見ると、姿はなく、よく見ると、中で、みんなが頭をよせあって、相談してるようだった。そのうち、演出家が、ガラス窓の中から出て来た。そして、ドアのところに一人で立ってるトットに、やさしくいった。
「お嬢さん、今日は帰っていいよ。でも伝票は、つけとくから……」
伝票というのは、ラジオでもテレビでも、トット達劇団員が仕事をすると、演出家が、何時から何時まで、どこのスタジオで、何という番組に出演したか、ということを書きこんで庶務《しよむ》に提出する伝票のことだった。それを一時間いくら(その頃、トットは一時間五十八円だった)で何時間、と計算して、庶務が月給として払《はら》ってくれる、というシステムになっていた。だから、帰されると、(収入にならない)とトットが心配するのを気の毒と思い、「伝票は、つけとくから……」と、親切に言ってくれたというわけだった。でもトットは、一人だけ帰されるのは悲しいことだから、
「なんとか、もう一度、やらせて下さい」と頼《たの》んで見た。演出家は、しぶしぶ、「それじゃ……」と、やらせてくれた。ところが、いざキューが出ると、みんなみたいに小さい声で、「どうしたんですか? どうしたんですか?」と、いおうと思ってるのに、実際は、(そこに人が死んでたら、どうしよう!)と、泣きそうな大声で、
「どうしたんですかあ?」
に、なってしまうのだった。演出家は、時間を気にしながら、トットに、いった。
「目立つとね、聞いてる人が、特別の役だ、と思っちゃうから、ダメなのよ。ガヤガヤは印象を強くしないこと。普通《ふつう》の声じゃないとね……」
仕方なくトットは、スタジオの外のベンチで、みんなが終るのを待った。せめて、新橋の駅まで、一緒に帰りたかったから。
以来、どの番組の、どの演出家のスタジオに行っても、ガヤガヤをやる段になると、トットは、きまって、いわれた。
「お嬢さん、帰っていいよ。伝票は、つけとくから」しまいには、何もやらないうちから、トットの顔を見ただけで、
「あれ? 君、来たの……。いいよ、帰って。伝票は、つけとくから!」という演出家もいた。
こんな風に、毎日、NHKに行っては、スタジオに入れずに、外で、本を読みながら友達の終るのを待つ、という生活が続いた。それでもトットは、生れつきの陽気のせいか、あまり憂鬱《ゆううつ》じゃなく、(こんなものだろう)と、思っていた。