トットは、結婚式《けつこんしき》の披露宴《ひろうえん》というものに、それまで招《よ》ばれたことが、なかった。初めての経験だった。それはNHKの劇団の一期上の、東儀さんがお嫁《よめ》さんに行くことになり、披露宴に、劇団のみんなも招んで下さったのだった。トットは、その日のために、ピンクのコールテンの布地を無理して買い、ママにスーツを作ってもらった。五期生の友達《ともだち》も、結婚式の披露宴に出るのは初めて、といって、なんとなく緊張《きんちよう》して、出席した。
新橋の、品のいいレストランの特別室だった。トットが部屋に入ると、もう東儀さんは、おむこさんの人と、正面にすわっていた。いつも大きい目が、もっと大きく見え、とても奇麗《きれい》だと、トットは思った。そのとき、トットは、おむこさんを盗《ぬす》み見した。そして、とても驚《おどろ》いてしまった。というのは、その男の人は、トットが日曜学校の頃《ころ》から、教会で知ってる男の人だった。(こんな偶然《ぐうぜん》が、あるだろうか!)トットは、俄然《がぜん》、うれしくなった。トットは背のびをして、おむこさんに手を振《ふ》った。でも、おむこさんは、目を伏《ふ》せているので、トットのことは、見えないらしかった。親戚《しんせき》のかたとか、みなさんも席について、披露宴が始まった。お仲人《なこうど》さんという男の人が、「新郎《しんろう》新婦は……」と、二人の紹介《しようかい》を始めた。そして、次々と、いろんな人が立って、挨拶《あいさつ》をした。東儀さんのお家は、宮内庁《くないちよう》の、雅楽《ががく》のお家柄《いえがら》なので、品のいい御挨拶が多かった。新郎のほうも、立派な方達が、祝辞をいった。そのうち、劇団の先輩《せんぱい》の加藤道子さんにも、御指名《ごしめい》が来た。道子さんは、放送のときのような美しい声で、「東儀さんが、これで劇団をやめて、奥《おく》さんになってしまうのは勿体《もつたい》ない」ということや、「でも、お幸福《しあわせ》な家庭を、お作り下さい」というお祝いをいった。そのとき、司会の人が「それでは、東儀さんの後輩を代表して、黒柳徹子さんに、お祝辞を頂戴《ちようだい》します」といった。トットは、前もって頼《たの》まれてはいなかったけど、披露宴で御挨拶するのなんて、初めてのことだから、うれしいし、ましてや、おむこさんを知っているのだから、話す内容もあるし、と、立ち上った。トットは、丁寧《ていねい》に新郎と新婦に、おじぎをしてから、元気よく話し出した。
「えー……」そこまでいって、トットは考えた。(なんと言えば一番いいのかなあ。つまり�皆《みな》さんは御存知ないでしょうけど、実は、私と新郎とは、昔から、ずーっと、教会で知り合いでした�って言いたいんだけど、これじゃ、ちょっと幼稚《ようち》じゃない? もっと端的《たんてき》に、大人っぽく、いえないかしら?……)
そのとき、いい言葉が、ひらめいた。そうだ、これがいい! そこでトットは、こういった。
「今日は、本当に、おめでとうございます。私は新婦の後輩で、今日、おまねきを受けましたが、実は、私と新郎とは、内縁関係でございます」
一瞬《いつしゆん》、会場はシーンとした。トットとしては、実に、いい形容だと思っていた。(それにしても、どうして、シーンとしたのかしら?)そのとき、トットの隣《とな》りに座《すわ》っていた同期生の木下秀雄君が、
「すわれよ!!」
と、いって、トットの手を引っぱった。木下君は五期生のお目付役、と呼ばれている人だった。トットは、小さい声で、木下君に、いった。
「まだ何も言ってないじゃないの。これから、まだ、いうことあるんだもの!」
二人がゴソゴソもめているのを見て、そのうち、会場中の人が、大笑いを始めた。トットには、ますます、わけがわからなくなった。それでも、なんだか少し喋《しやべ》って、トットは、すわった。そして、お食事が出た。
トットが、大変なことを自分が言ったらしい、とわかったのは、その日、披露宴のあと、NHKの玄関《げんかん》を入ったときだった。そこで逢《あ》った知り合いのディレクターが、トットを見るなり笑い声で、
「今日、結婚式で新郎とは、内縁関係、って言ったんだって? 評判だよ?」と、いった。
「だって、そうなんだもの!」
トットは威張《いば》って、そういった。ディレクターは、
「おむこさん、それ、君が言ったとき、どんな顔した?」と、トットに聞いた。(そういえば、おむこさんが、凄《すご》い勢いで、頭をあげて、トットのほうを見たような、気がした……)
トットは急に心配になって、ディレクターに聞いた。「内縁関係って、いっちゃいけないんですか?」ディレクターは冗談《じようだん》好きの人らしく、イヒイヒと笑い声を入れながら、こういった。
「いけなくはないけど、普通《ふつう》は、結婚式じゃ、いわないよ。まあ、君だから、間違《まちが》いだろうと、みんなも許してくれたんだろうけど、ひどいね。たいがいの家なら、これで、もめちゃうよ。本当に、君、知らないで、いったの? ヒ・ヒ・ヒ……」
なんとなくトットは、からかわれているようで、いやになったから、「失礼します」といって、スタジオのほうに歩き出した。そのあとは、本番の忙《いそ》がしさに、とりまぎれて、そのことは、忘れてしまっていた。
二日くらい経《た》ったときだった。トットが、朝、新聞を開くと、この字が、トットの目に、とびこんで来た。
「内縁の妻、刺《さ》し殺される」
記事を読んでみると、「内縁関係にあった夫が、嫉妬《しつと》から、内縁の妻を殺した」という内容だった。なんで夫とか妻に、わざわざ、�内縁�なんていうのを、つけるのかしら……。トットは、だんだん不安になってきた。そーっと、辞典を引いてみた。
内縁関係==[#「==」は----------------------------]
男女が婚姻《こんいん》の意志を有して、同居し、事実上の婚姻関係[#「事実上の婚姻関係」に傍点]がありながら、未《いま》だ、法律上の届出を、すましていない状態。
「わあー!! ×! △!!」
やっと、本当の意味がわかったトットだったけど、それから数年間というもの、誰《だれ》も、結婚式には、招んでくれなかった。