ある料理雑誌から、アンケート用紙が送られてきて、幾つかの質問条項が並んでいる。
『あなたの好む簡単な酒のサカナ』
『あなたにとっての酒のイメージ』
などという質問内容なので、返事を書く気になりながら、終りまで読むと、「写真を一葉封入してください」という意味のことが印刷されている。
私は写真をうつされることも、それが紙面に載ることも大嫌いなのであるが、書物の広告に写真を入れることが慣例にちかくなってしまったので、仕方なく写されるときもある。なぜ嫌いか。明治の文明開化のころには、写真をうつされるとシャシン機に寿命を吸い取られる、という考え方があったそうだ。
私は昭和の時代に生きているのだが、そのことを信じているためだ、とでも考えておいてください。本当は、違うのだが。
もっとも、この短文集がいずれ本になるときには、イラストを全部載せさせてもらうつもりである。そのときに、生涯に一度だけの例外が起ることになる。私は積極的にカメラの前に立ち、カメラマンにいろいろうるさく註文をつけ、ソフト・フォーカスになどしてもらい、到底本人とはおもえないほどステキに撮してくれ、と言う。
カメラマンが怒ったときには、三日に二度は私の似顔の出ている夕刊フジをみせれば、相手は同情してくれて、私の註文を聞き入れてくれる。それにしても、あの似顔はずいぶんヒドク描いてあるが、よく似ている。むかし、日清戦争のときに木口小平(きぐち・こへい)というラッパ卒がいて、死んでもラッパを口から離さなかったということを、美談として教えられた。まるでそのラッパ卒の生れ変りのように、イラストレーターは私のコメカミの癇筋《かんすじ》をけっして描き落さない。
ついでに、山藤章二を拉致《らち》してきてカメラの前に立たせ、数人がかりで横腹をくすぐったり、尻をヤットコでねじり上げたりして、その顔のアップも本に載せてみようか、と考えたが、凝り過ぎになるのでそのアイディアは放棄した。
話は横道にそれたが、写真の件が面倒でアンケート用紙をそのままにしておくと、電話がかかってきた。
返送しない理由を説明すると、写真はなくてもよい、というので書くことにした。
『簡単な酒のサカナ』についての回答。生の葱をきざみ、鰹節《かつおぶし》を削って混ぜ合せ、ショウユをかける。好みによっては、梅干の肉を千切って入れたり、タマゴの黄味だけを加えてもよい。
べつの料理雑誌から、同じような電話アンケートがきたので、
「味噌を焼いて、舐《な》めるとよい」
と答えると、
「へーえ、そんなものがあるのですか。どうやってつくるのですか」
と質問されて、甚だ面倒だった。専門誌の編集者なら、焼味噌程度のABCくらい知らなくては、プロとして恥ずかしいことである。
『あなたにとっての酒のイメージ』への回答。
『腹を立てて飲むと、酒に仇討《あだう》ちされて、ろくな酔い方はしない』
そう書いて送ったのだが、活字になって送ってきたものを見ると、
『腹を立てて飲む』
となっていて、これには驚いた。
こんな按配のことが多いから、アンケートの類は好まないが、電話の返事のときならまだしも書面回答がこうなってしまうのはさっぱり理解できない。