少しでも時間があると、大人も子どももみんな芝居の練習をしています。
ある年の事、この村で一番芝居の上手な権十(ごんじゅう)おじいさんが、ポックリと死んでしまいました。
おじいさんはあの世へつながる暗い道を一人ぼっちでトボトボと歩いていると、むこうから金ぴかの服を着たえんま大王がのっしのっしとやって来ました。
「こら、そこの亡者(もうじゃ→死んだ人)」
「へえ」
「へえではない。返事は『はい』ともうせ。それに何じゃ、お前のすわりようは」
「へえ。その、腰がぬけましたので」
「ふん、だらしない。・・・ところでお前、確かしゃば(→人間の住む世界)では、芝居をやっておったそうだな」
「へえ、よくご存じで。しかしわたしのは芝居ともうしても、にわか芝居(→しろうとの芝居)でして」
「そうか。そのにわか芝居とやらでかまわんから、ここでやってみせろ」
「あの、えんまさまは、芝居がお好きでございますか?」
「いや、見た事がない。しかし、しゃばの者は芝居を見て楽しんでおると聞く。そこで、芝居をしておったお前が来ると聞いて、わざわざここまで来たのじゃ。さあ、芝居とはどのようなものか、やってみい」
「へえ、やってみいとおっしゃいましても、わしはこの通りの亡者でして、衣装も何もございません」
「衣装がなくては、芝居が出来ぬのか?」
「へえ、出来ませぬ。もし、あなたさまが衣装を貸してくだされば、地獄(じごく)の芝居をやってごらんにいれますが」
そこでえんま大王は、自分の衣装をぬいで貸してやりました。
こうして、えんま大王がおじいさんの衣装を着て亡者となり、おじいさんがえんま大王の衣装を着てえんま大王になりました。
「では、芝居をはじめろ」
「へえ。さっそく、はじめましょう」
おじいさんはすっかり元気になって、すっくと立ちあがりました。
「まずは、えんまのおどりでござい」
おじいさんがえんま大王の服を着ておどっていると、そこへ赤鬼と青鬼がやって来ました。
「もし、えんま大王さま」
鬼たちはおじいさんの前に両手をついて、ペコペコ頭を下げました。
「えんま大王さま。そろそろ、お戻りくだされ」
「ただいま亡者どもが団体でまいりまして、地獄は大忙しでござります」
その時、亡者の衣装を着たえんま大王が、あわてて言いました。
「このたわけめ! えんま大王は、このおれだぞ」
すると赤鬼と青鬼が、えんま大王をにらみつけました。
「こらっ! 亡者のくせに何をぬかす。お前は、はよう地獄へまいれ」
「いや、だから、おれがえんまだ。おれが、本物の大王だ」
「無礼者!」
赤鬼は持っていた金棒で本物のえんま大王をバシッバシッと打ちのめして、地獄へ引きずって行きました。
「さあ、えんま大王さま、お急ぎください」
こうしてえんま大王の服を着た権十おじいさんは青鬼に連れて行かれ、そのまま本当のえんま大王になったという事です。