その怪物は、足長手長(あしながてなが)という夫婦の魔物です。
夫の足長はその名の通りとても足が長く、どんなに遠くても足を伸ばせば届きます。
妻の手長はとても手が長く、どんな遠いところの物でも、座ったままでヒョイとつかむ事が出来ました。
この足長手長の夫婦は、なぜか会津の土地が気に入ったようです。
妻の手長は磐梯山(ばんだいさん→福島県の北部、猪苗代湖の北にそびえる活火山。標高1819メートル)の頂上(ちょうじょう)に座り、夫の足長は会津盆地をひとまたぎしています。
「手長よ、そろそろ始めるか」
「はいよ、足長」
二人の魔物は声をかけあうと、足長の足がグングンと伸びて、あちこちの雲をつかんでは会津盆地の上に集めます。
雲は畑仕事をしている人たちの頭の上をおおい、みるみるうちにあたりは暗くなっていきました。
「今度はおめえだ、手長」
「はいよ、足長」
今度は手長が長い手で、猪苗代湖(いなわしろこ→福島県の中央部、湖面標高514メートル。最大深度94メートル。周囲63キロメートル。面積103平方キロメートル)の水をすくってばらまきます。
それは大粒の雨となって、畑仕事をする人々の上に降りかかりました。
「あっはっはっは、見てみろ、あのあわてぶり!」
「ゆかいだね、足長」
足長と手長のせいで、会津は暗い雨の日が続きました。
村人たちは、ほとほと困りました。
「このまま、おてんとさまが出なければ、家のダイコンが枯れてしまうぞ」
「このまま作物が枯れてしまったら、おらたちはどうなるだ?」
「そりゃあ、飢え死にしかねえ」
「何とか、ならねえか」
「何とかと言っても、相手があんな魔物では」
こんな村人たちを見て、足長手長は大喜びです。
そんなある日の事、ボロボロの衣をまとった弘法大師(こうぼうだいし)というお坊さんが、この会津の村にやって来ました。
「これはひどい」
荒れ果てた村の様子に驚いた弘法大師は、村人たちに話を聞きました。
「よし、その魔物をこらしめてやろう」
弘法大師はそう言うと、すぐに磐梯山の頂上に登りました。
そして頂上から、大声で言いました。
「足長手長! わしはここを通りかかった旅の僧じゃ。姿を見せんか!」
弘法大師の声に、足長と手長が現れました。
「わっはっはっは、何じゃ、人間の坊主か」
「人間にしては、大声な声を出しよるわ」
「足長手長。わしの言う事をよく聞け! お前らは、どんな事でも出来ると思っとるだろうが、どんなに頑張っても出来ん事があるぞ」
「何を言うか。この世の中に、わしらに出来ぬ事など何一つないわ」
「そうか、ならばわしの言う通りにやってみろ。もし出来なければ、お前たちはすぐにこの会津の土地を出て行くのだ」
「よし、わかった。どんな事か、言ってみろ。ただし、それが出来たらお前を食ってやるからな」
弘法大師は、ふところから小さなつぼを取り出して言いました。
「足長手長よ。
お前らは、ずいぶんと大きい。
だから二人一緒に、こんな小さなつぼに入る事は出来んじゃろう?
どうじゃ、まいったか。
わっはっはっは!」
「何だ、そんな簡単な事か。ではいくぞ、手長」
「あいよ、足長」
二人は声をかけあうと、みるみるうちに小さくなってつぼの中へ入ってしまいました。
すると弘法大師はニヤリと笑って、つぼのふたをきゅっと閉めました。
突然ふたを閉められて、足長と手長はびっくりです。
「こら! ここから出せ! 早くふたを開けろー! 開けねばつぼを壊してやるぞ!」
つぼの中で足長と手長が暴れますが、つぼはびくともしません。
「馬鹿者! 人々を苦しめたばつとして、お前ら二人は永遠につぼの中に入っておれ!」
弘法大師はそのつぼを磐梯山の頂上に埋めると、上に大きな石を乗せて二度と出て来られない様にしました。
「ちくしょう、このつぼは、何で壊れないんだー!」
つぼには弘法大師の法力がかかっているので、足長や手長の力では決して壊れません。
やがて二人はあきらめたのか、静かになりました。
すると弘法大師が、つぼの中の足長と手長に言いました。
「お前たちを山の守り神として祭ってやるから、村人たちの為につくすがよいぞ」
こうして足長と手長は、弘法大師によって退治されたのです。