「成り上(のぼ)れども、もとよりさるべき筋ならぬは、世の人の思へることも、さは言へど、なほ異なり。また、元はやむごとなき筋なれど、世に経(ふ)るたづき少なく、時世(ときよ)移ろひて、覚え衰へぬれば、心は心として事足らず、悪(わろ)びたることども出でくるわざなめれば、とりどりにことわりて、中の品にぞ置くべき。
受領と言ひて、人の国の事にかかづらひ営みて、品定まりたる中にも、またきざみきざみありて、中の品のけしうはあらぬ、選りで出でつべきころほひなり。なまなまの上達部よりも非参議の四位どもの、世のおぼえ口惜しからず、もとの根ざし卑しからぬが、やすらかに身をもてなしふるまひたる、いとかはらかなりや。
家の内に足らぬことなど、はた、なかめるままに、省かず、まばゆきまでもてかしづける女などの、おとしめ難く生(お)ひ出づるも、あまたあるべし。宮仕へに出で立ちて、思ひかけぬ幸(さいはひ)ひとり出づる例(ためし)ども多かるかし」など言へば、「すべて、にぎははしきによるべきなんなり」とて、笑ひたまふを、「異人(ことひと)の言はむように、心得ず仰せらる」と、中将憎む。「元の品、時世の覚えうち合ひ、やむごとなきあたりの内々のもてなし・けはひ後れたらむは、さらにも言はず、何をしてかく生ひ出でけむと、言ふかひなくおぼゆべし。うち合ひてすぐれたらむもことわり、これこそはさるべきこととおぼえて、めづらかなることと心も驚くまじ。なにがしが及ぶべきほどならねば、上(かみ)が上はうちおきはべりぬ。
さて、世にありと人に知られず、さびしくあばれたらむ葎(むぐら)の門(かど)に、思ひの外(ほか)にらうたげならむ人の、閉ぢられたらむこそ、限りなく珍しくはおぼえめ。いかで、はたかかりけむと、思ふより違(たが)へることなむ、あやしく心とまるわざなる。
父の、年老い、ものむつかしげに太りすぎ、兄(せうと)の顔憎げに、思ひやり殊なることなき閨(ねや)の内に、いといたく思ひあがり、はかなくし出でたること・わざも、ゆゑなからず見えたらむ、片かどにても、いかが思ひの外にをかしからざらむ。すぐれて疵(きず)なき方の選びにこそ及ばざらめ、さる方にて捨て難きものをは」とて、式部を見やれば、わが妹どものよろしき聞こえあるを思ひてのたまふにや、とや心得らむ、ものも言はず。
「いでや、上の品と思ふにだに難げなる世を」と、君は思すべし。白き御衣(おんぞ)どものなよよかなるに、直衣(なほし)ばかりをしどけなく着なしたまひて、紐などもうち捨てて、添ひ臥(ふ)したまへる御火影(ほかげ)、いとめでたく、女にて見奉らまほし。この御ためには、上(かみ)が上を選り出でても、なほ飽くまじく見えたまふ。
(現代語訳)
(左馬頭の話) 「成り上がっても、元々それに相応しい家柄でない者は、世間の人の心証も、そうは言ってもやはり上流階級の人とは違います。また、元は高貴な家柄であっても、世間を渡る手づるが少なく、時勢におし流されて世間の評価も地に落ちてしまうと、気位だけは高くても思うようにならず、外聞の悪いことなども出てくるようですから、それぞれに分別して、どちらも中流階級に入れるべきです。
受領といって、地方の政治に携わって階層の定まった中でも、またいろいろと段階があって、中流階級として悪くはない者を選び出すことができそうなご時勢です。なまじっかの上達部よりも非参議の四位たちで、世間の信望も悪くなく、元々の生まれも卑しくない人が、あくせくせずに暮らしているのが、いかにもさっぱりした感じですよ。
暮らしの中で足りないものなどがないのにまかせて、費用を惜しまずまぶしいほど大切に世話している娘などが、けなしようがないほど立派に成長しているのもたくさんいるでしょう。そのような女が宮仕えに上がって、思いがけない幸運を得た例などもたくさんあるものです」などと言うと、源氏は、「万事、金持ちによるべきだということだね」と言ってお笑いになるのを、「別人が言うような意外なことをおっしゃる」と言って、頭中将は憎らしがる。左馬頭は続けて、「元々の家柄と時勢の信望がどちらも高く、高貴な家柄の女で、内々のふるまいやようすが劣っているようなのは、今更言うまでもないが、どうしてこう育てたのだろうと残念に思われましょう。どちらも兼ねそろって優れているのが当たり前で、この女こそは当然のことだと思われて、珍しいことだと驚く気にもなれますまい。私ごとき者の手の及ぶ範囲ではないので、上の上の階級については申しません。
ところで、世間で人に知られず、寂しく荒れたような草深い家に、思いもよらない可愛らしげな女がひっそり閉じ籠められているようなのは、この上なく珍しく思われましょう。どうしてまあ、こんな人がいたのだろうと、予想外な点が、不思議に気持ちが引きつけられるものです。
また、父親が年を取って見苦しく太り過ぎ、男兄弟の顔が憎々しげで、想像するにも大したこともない家の奥に、女がたいそう誇り高く、ちょっと習い覚えた芸事も趣ありげに見えたとしたら、ほんのわずかな取り柄であっても、どうして意外なことでおもしろくないことがありましょうか。特別に欠点のない方面での選択には入らないでしょうが、それなりの女として捨てたものではないでしょう」と言って、式部を見やると、式部は自分の妹たちがまあまあの評判であることを思っておっしゃるのか、と受け取ったのか、何とも言わない。
「さてどんなものか、上流階級の貴族と思う中でさえ、すぐれた女はめったにいそうもない世の中なのに」と、源氏はお思いのようである。源氏は白いお召物で柔らかなものの上に、直衣だけをわざと気楽な感じにお召しになって、紐なども結ばずに、脇息に寄りかかっていらっしゃる灯影は、とても素晴らしく、女として拝したいくらいだ。この源氏の君の御ためには、上の上の女を選び出しても、なお満足ということはあるまいとお見受けされる。