(二)
その中に王とおぼしき人、家に、「造麻呂(みやつこまろ)、まうで来(こ)」と言ふに、たけく思ひつる造麻呂も、ものに酔(ゑ)ひたる心地して、うつぶしに伏せり。いはく、「汝(なんじ)、をさなき人、いささかなる功徳を翁つくりけるによりて、汝が助けにとて、かた時のほどとて降(くだ)ししを、そこらの年頃、そこらの金(こがね)賜ひて、身をかへたるがごと成りにけり。かぐや姫は、罪をつくり給へりければ、かく賤(いや)しきおのれがもとに、しばしおはしつるなり。罪の限(かぎり)果てぬれば、かく迎ふるを、翁は泣き嘆く、能はぬことなり。はや出(いだ)したてまつれ」と言ふ。翁答へて申す、「かぐや姫を養ひたてまつること廿余(にじふよ)年に成りぬ。かた時とのたまふにあやしくなり侍りぬ。また、異(こと)所に、かぐや姫と申す人ぞおはすらむ」と言ふ。「ここにおはするかぐや姫は、重き病をしたまへば、えいでおはしますまじ」と申せば、その返りごとはなくて、屋の上に飛ぶ車を寄せて、「いざ、かぐや姫。きたなき所にいかでか久しくおはせむ」と言ふ。立てこめたるところの戸、すなはち、ただ開きに開きぬ。格子どもも、人はなくして開きぬ。女いだきてゐたるかぐや姫、外(と)にいでぬ。えとどむまじければ、たださし仰ぎて泣きをり。
(現代語訳)
その行列の中で王と思われる人が、家に向かって、「造麻呂、出て参れ」と言うと、猛々しくふるいたっていた造麻呂も、何か酔ったような心地がして、うつぶせにに伏してしまった。王が言うには、「お前、愚か者よ。ちょっとした善行があったから、お前の助けにと、わずかな間ということでかぐや姫を地上に降ろしたのに、多くの年月、多くの黄金を得て、身を変えたようになってしまった。かぐや姫は罪をおつくりになったために、このように卑しいお前のところに、しばらくいらっしゃったのだ。今は罪を償う期限も終わったのでこのように迎えにきているのに、翁は泣いている。できないことだ、。かぐや姫を早くお出し申し上げろ」と言う。翁が答えて申すには、「かぐや姫を養育申し上げて二十年余りになった。それを『わずかな間』とおっしゃるので、いぶかしく思いました。また、別の所にかぐや姫という人がいらっしゃるだろう」と言う。そして「ここにおられるかぐや姫は、思い病気をなさっているので、お出になれますまい」と申し上げると、その返事はなく、屋根の上に飛ぶ車を近づけて、「さあ、かぐや姫。汚れた所にどうして長くおられるのか」と言う。締め切っていた戸が、突然、ずんずん開いていく。格子なども、人がいないのに開いていく。お婆さんが抱きかかえて座っていたかぐや姫は、外に出てしまう。とどめることができそうもなく、翁たちはただ空をさし仰いで泣いている。