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怪老人とトランク

时间: 2023-09-13    进入日语论坛
核心提示:怪老人とトランク慌てるだけ慌て、騒ぐだけ騒いだあとの桜井邸は、その午後になって、俄かにシーンと鎮まり返ってしまった。怒鳴
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怪老人とトランク


慌てるだけ慌て、騒ぐだけ騒いだあとの桜井邸は、その午後になって、俄かにシーンと鎮まり返ってしまった。怒鳴ったとて仕方がない。泣いたとて仕方がない。一番いいのは、一同が冷静になって、ある限りの智慧を絞って、善後の処置を考究する事だ。そこへ気のついた桜井栄之丞氏は、関係者一同を階下の洋風客間に集めて、異様な協議会を開いたのだ。
閉め切った西洋館の電気ストウヴを囲んで、桜井氏夫妻や書生達、その頃になってやっと気力を恢復した家庭教師の殿村夫人、桜井家出入りの重だった人々などが、令嬢取戻しの手段方法について、議論を闘わしていた。
或者あるものは、身代金によって品子さんを買戻すことを提案した。或者は、犯人捜索に多額の懸賞金をつけることを発表せよと説いた。ある者は警察の無能をののしり、東京中の私立探偵を総動員せよと論じた。
そうしている所へ、数日ぜん同じ妖虫殺人団の為に、無残の最期をとげた珠子の父相川操一氏と、彼女の兄守青年とが連立ってやって来た。
前に記した通り、相川守青年は、彼の愛人である桜井品子さんの危難を救おうとして、却って賊の術中に陥り、麻酔薬に身の自由を奪われた上、恐ろしい赤蠍の衣裳に包まれて、早朝のオフィス街に捨てられていたのであるが、巡回警官の急報によって駈けつけた父操一氏に連れられて自宅に帰り、医師の介抱にやや元気を恢復した所へ、桜井家から、品子さんが誘拐されたとの電話を受けたのであった。
「畜生! とうとうやりやがったな。……お父さん、僕はもう大丈夫です。すぐに桜井さんへお見舞いに行こうじゃありませんか」
守は非常に昂奮して、とこからはね起きると、いらだたしく父操一氏をせき立てた。
操一氏は桜井栄之丞氏とは私交上でも事業関係でも、此上このうえもない親密な間柄であったから、守に云われるまでもなく、見舞いに駈けつけなければならなかった。そこで、相川父子は直ちに車を命じて、桜井家を訪ねたという次第であった。
同じ様に最愛の一人娘を奪われた中老の父親、相川氏と桜井氏とが、どの様な感情を抱き、どの様に目と目を見合わせ、どんな挨拶を取り交したか、ここにその一々を記すまでもないことである。
相川父子にくびすを接して、警視庁の蓑浦捜査係長が再び訪れて来た。異様な会議室の人数は段々えて行くばかりであった。
「蓑浦君、待ち兼ねていた。手掛りは? 賊の手掛りは?」
桜井氏が、警部の顔を見るより叫ぶ様に訊ねた。
「賊の自動車が発見されたのです」
係長は、一向浮かぬ顔付で、そこの長椅子に腰かけながら答えた。
「で、品子は、娘は生きていましたか?」
「イヤ、そうではないのです。賊の乗り捨てた空っぽの自動車が見つかったばかりです。奴等はこの区内のKというガレージから、タクシーを借り出して使用していたのです。運転手も賊の仲間で、ちゃんと免許証を用意していて、それをガレージの主人に見せて、車を借り出したと云うことです」
「その空車からぐるまは、どこにありました」
渋谷しぶやの向うの三軒家の淋しい傍道に乗り捨ててあったのです。ただ自動車だけなれば、こんなに早く知れる筈はないのですが、赤蠍の奴、又例のいたずらをやっているのです。その空自動車の客席には、あの真赤な大蠍が、螯を振り立てて、傲然ごうぜんと腰かけていたっていうんですからね」
「品子を隠して連れ出したあの鎧みたいな大蠍が?」
「そうです。だもんだから、忽ち附近のいたずら小僧共に見つかってしまったのです。自動車の中にえたいの知れない真赤な動物がいるというんで、大変な騒ぎになったのだそうです。間もなく警察にもその事が知れて、我々の方へも電話の通知があったものだから、課の者が行って見ると、やっぱりあの大蠍だったのです」
「で、その中には、大蠍の中には?」
「空っぽでした。そして、ほかには全く手掛りがないのです。無論捜査は引続いて行われています。捜査課の全員が、東京中を走り廻っていると云ってもいい位です。僕はこの事を御報告かたがた、もう一度お宅の人達に、色々お尋ねして見たいと思って、やって来たのですが」
「併しもう手遅れではあるまいか。品子は今まで安全でいるだろうか」
桜井氏は非難の調子を含めて、強く云った。蓑浦氏は渋い顔をして沈黙する外はなかった。
「併し、ここに一縷いちるの望みがあります。それは御承知の三笠龍介氏です。今もうちを出る時電話で確かめて見たのですが、あの老探偵は昨日入院中の病院を抜け出したまま、今以て行方不明なのです。若しかしたら、賊の本拠を襲っているのではないでしょうか」
突然、部屋の隅から相川守青年が口をはさんだ。
「アア、あの評判の奇人ですね。併し、いくら老人が頑張っても、個人の力では、この大敵をどうする事も出来ないでしょう。東京中の何千という警察官が、血眼ちまなこになって探していても見つからない奴ですからね」
蓑浦氏は一笑に附した。
すると、相川操一氏がそれを受けて、
「こいつは、三笠氏の心酔者でしてね。一にも二にも、三笠龍介なんだが、珠子の場合でも分る通り、流石の老探偵も、赤蠍には参っている様です。僕なども最初はあの老人を信頼して万事を任せていたのですが、今となって考えると、少し買被かいかぶっていたのですね。何か奇人らしい珍妙な手段を考えては、賊の裏をかこうとするのだが、その度毎たびごとに賊の為に又その裏をかかれて、失敗を繰返しているといった調子でね」
「でも、今度こそは、白髪首をかけても、賊を捕えて見せると、大変な意気込みでしたが、……」
守青年は諦め切れないのだ。
「当てにはならないよ。珠子の折もその調子だった。そして、まんまとしくじったではないか」
「わたくしも、あの方はお恨みに思って居ります」
殿村夫人もその尾について、三笠探偵非難の声を揚げた。
「私立探偵など手頼たよらないで、警察にお任せして置いた方が、どれ程よかったかと思います。あの方が色々と活動なすったので、賊を刺戟して、却ってお嬢さんの御最期を早めたのではありますまいか」
一座の人々は大部分この意見に賛成して、口々に私立探偵の頼むべからざる事を云い立てるのであった。
気の毒な三笠老探偵は、今や悪罵嘲笑あくばちょうしょうの的であった。
丁度その時、桜井家の門前に、一台の自動車が停まって、その中から二人の異様な人物が降りて来た。
前に立つのは、印半纒しるしばんてんに、鼠羅紗ねずみらしゃの半ズボン、深ゴム靴、土木請負師うけおいしといった風体ふうてい、だが、こんな老いぼれ請負師ってあるものだろうか。その爺さんは、皺くちゃの顔を白髪白髯に埋め、曲った腰でよぼよぼと歩いて来るのだ。
そのあとから、やっぱり同じ印半纒を着た屈強の大男が、鉄板張りの大トランクを、背中にのせて、従っている。何とも珍妙なお客様だ。
二人は門内の砂利道を玄関につくと、そこの呼鈴ベルを押して案内を乞うた。すると、一人の女中がドアを開いて、顔を出したが、時も時、この異様の訪問者に、不気味らしく顔をしかめて、
「どなたでしょうか。只今少しとりこんで居りますので、……」
と門前払いの気勢を示した。
白髯の老請負師は、女中の渋面じゅうめんには取合わず、落ちつきはらって、一枚の名刺をさし出しながら、
「イヤ、君では分らん。御主人の桜井さんに、こういうものが訪ねて来たと取次いで下さい。相川操一さんもここへ来ておられる筈じゃ。又、わしの親友の相川守君も、いる筈じゃ。みなさんに、わしが来たと伝えて下さい」
横柄おうへいな口を利く。
女中は老人のいきおいに圧倒されて、渋々名刺を受取って、奥へ入って行ったが、間もあらせず、守青年が、その玄関へ飛出して来て、怪老人を歓迎した。
「ヤア、先生ですか。どうかお上り下さい。多分もう御承知でしょうが、ここのお嬢さんが、又あいつに誘拐されてしまったのです。それについて今みんなが集まって相談していた所です」
老人は三笠龍介氏であった。何の為の変装かは分らぬが、半纒姿の老探偵に相違なかった。トランクを担いでいる大男にも見覚えがある。いつか守青年を龍介氏の書斎に案内してくれた、三笠探偵事務所の豪傑書生だ。
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