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冷たい火

时间: 2022-08-09    进入日语论坛
核心提示:冷たい火 八月のある暑い日の夕方のことです。一太郎君が、お母さまから言いつけられたお使(つかい)の帰り道、近所の高橋さんの
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冷たい火


 八月のある暑い日の夕方のことです。一太郎君が、お母さまから言いつけられたお使(つかい)の帰り道、近所の高橋さんの門の前を通りかかりますと、大学生の高橋一郎さんがそこに立っていて、一太郎君に声をかけました。
「君、今夜遊びにこないかい。おもしろいものを見せてあげるよ。君がびっくりするようなものなんだ」
「びっくりするようなものですって? いったい何ですか」
「いや、今は言えない。今夜、ごはんがすんで、暗くなってから、やって来たまえ。あっと驚くようなものなんだよ」
 いくらたずねても、高橋さんは種あかしをしてくれません。ともかく、今夜来て見ればわかるというのです。そこで、一太郎君は、八時ごろ高橋さんのお家へ行くという約束をしてわかれました。
 さて、その夜、お父さまのおゆるしをうけて、一太郎君はお家の門を出ましたが、外は真暗です。空はくもっていて、月も星も見えず、遠くの方に街燈がぼんやりついているほかには、なんの光もなく、さびしい森の中でも歩いているような気持です。
 でも、高橋さんのお家までは、五六十(メートル)しかありませんし、道の様子は目をふさいでも歩けるほど、よく知っているのですから、わけはありません。すぐに高橋さんの門の前につきました。
 見ると、門の左右の柱の、一太郎君の目の高さぐらいのところに、幅三(センチ)ほどの太い線が引いてあって、それが闇の中で青白く光っているのです。電燈のような赤い光ではありません。(ほたる)の光に似た青白いものです。
 その光で門がどこにあるかがわかりましたので、そこを通って、高橋さんのお家の庭へはいりますと、庭の地面に、五十糎ぐらいの長さの↑こんな矢印が、やっぱり青白く光っているのです。あたりがまっ暗ですから、その矢印が地面から浮きあがって、ゆらゆらと、もえているように見えるのです。
「やあ、きれいだなあ」
 一太郎君は思わずつぶやきましたが、少し行くと第二の矢印、それからまた第三の矢印と、青白い光の道しるべが、次々とつづいていて、それを伝って行きますと、いつの間にかお家の横を通りすぎて、広い裏庭へ出てしまいました。
 玄関からはいらないで、裏庭などへはいりこんではいけないと、ちょっとの間、その暗闇に立ちどまっていましたが、すると、庭の木立の中から、なんだか、えたいの知れぬ、青白い光るものが、ひらひらとこちらへ飛んで来るように見えるではありませんか。
 一太郎君は、今度こそほんとうにびっくりしました。恐しくさえなりました。その光るものは、三十糎ほどの、横に長い三角の形で、それがのびたりちぢんだりしながら、まるで鳥のように飛んでいるのです。蛍を何千匹も集めたようなものが、三角形になって飛んでいるのです。
 一太郎君は逃げ腰になりました。もう少しで門の方へかけ出すところでした。しかし、まだ一歩もふみ出さない前に、暗闇の中から、ハハハハハハハという人の笑声が聞えて来ました。
「一太郎君、驚いたかい。僕だよ。僕だよ」
 それは大学生の高橋さんの声でした。三角形のひらひらと光るもののそばに、ボーッと高橋さんの笑顔が見えて来ました。
「これは旗なんだよ。光る旗なんだよ」
 そういいながら高橋さんは、青白く光るものを、ひらひらとふって見せました。よく見ますと、なるほど三角の布の小旗なのです。
「あ、わかった。旗に夜光塗料がぬってあるんですね」
「まあ、そんなものだよ」
「僕をびっくりさせるっていうのは、それなんですか」
「いや、これだけじゃない。もっとおもしろいものがあるんだ。こちらへ来てごらん」
 高橋さんは、そういって、一太郎君の手をとると、闇の中をおうちの方へ歩いて、そこの縁側にあがり、廊下づたいに、写真の現像をする暗室の中へはいりました。そして、入口の戸をぴったりしめて、
「これだよ。すばらしい電燈だろう」
 と、得意らしくいうのでした。
 なるほど、ふしぎな電燈です。現像台の上に、直径二十糎ほどの、大きな丸いガラス(びん)がおいてあって、そのガラス瓶全体が、さっきの矢印や小旗などと同じように、青白く光っているのです。その光で、せまい暗室の中が、ボーッと明かるく、高橋さんの顔や姿もよく見えるのです。
「やっぱり夜光塗料ですか」
「いや、そうじゃない。これは虫なんだよ」
「え、虫ですって?」
 一太郎君は、また、びっくりしてしまいました。光る虫といえば、すぐ蛍を思い出すのですが、この光は蛍をよせ集めたものではありません。蛍なれば、ポツポツと、点になって見えるはずですし、とてもこんなに明るく光るわけがないのです。
「虫といっても、目に見えるような大きな虫じゃないのだよ」
 高橋さんはそこの椅子にかけて、青白い光の中に笑顔を見せながら、話しはじめました。
「光る虫といえば、すぐ蛍を思い出すけれど、その外にも光る動物や植物はたくさんあるんだよ。
 光る動物は水の中にすんでいるものが多いのだが、ホタルイカもそうだし、もっと深い海にいるユウレイイカも自分で光る。それからクラゲ類の内にも、青白く光るやつがずいぶんある。イソギンチャクにも光るのがある。深海魚という、深い海の底にすんでいる魚は、たいてい、からだのどこかが光るようにできている。深い海の底は、真の闇だから、提灯(ちょうちん)がいるというわけなんだね。
 植物では光るキノコがたくさんある。たとえば、ツキヨダケという毒茸(どくきのこ)は、山の中の枯木の幹などに生えているのだが、その裏側全体が、蛍のように光るのだよ。ツキヨダケという名も、その光からおこったのだね。
 ずっと小さいものでは、夜光虫がある。君もよく知っているだろう。闇夜の海で、ボートにのったことがあれば、一等よくわかる。オールで水をかくたびに、海の水が青白くキラキラと光るね。それから、ボートの通ったあとの海面に、帯のように光ったすじがのこる。この美しい光は、海水にすんでいる夜光虫や、そのほかの光る微生物のためにおこるのだよ。
 夜光虫も目では見えないほど小さな生物だが、それよりもずっとずっと小さな光る虫がある。正しくいえば、虫ではなくて植物にはいるんだがね 発光バクテリヤという、顕微鏡でなくては見えない微生物なんだよ。その微生物のからだ全体がぴかぴか光っているのだ。
 ここにある青白い電燈は、その発光バクテリヤが、ガラス瓶の内側に、何百億ともかぞえきれないほど、くっついていて、こんなに美しく光っているのだよ。
 ガラス瓶の内側には、ゼラチンにいろいろの薬をまぜた、うすい(まく)がはってあるのだ。そのゼラチンの膜に発光バクテリヤをぬりつけておくと、一日のうちにこんなにいっぱいにふえてしまうんだよ。ゼラチン膜を養分にして繁殖(はんしょく)するんだね」
 一太郎君は、この青白く光っている丸い瓶の内側が、目にも見えぬ虫のついている膜だと聞いて、すっかり驚いてしまいました。そして、そのおもしろさに、夢中になってしまいました。
「じゃ、さっきの旗や矢印も、やっぱり発光バクテリヤだったんですか」
「そうだよ。闇夜にお客さんが来ても、まごつかないように、目印を作っておいたんだよ。このバクテリヤの青白い光は遠くからよく見えないけれども、そばによると、かなり明かるいのだ。ここに雑誌があるから、バクテリヤの光で読んでごらん。ね。よく読めるだろう」
 一太郎君はその雑誌をバクテリヤ・ランプに近づけて、読んでみましたが、高橋さんのいうとおり、小さな活字でもよく見えるのです。
「そればかりじゃない。このバクテリヤ・ランプにもっと工夫をくわえて、明かるいものができたら、電燈の代りにだってなる時が来るかもしれないのだよ。材料はやすいものだし、この光にはほとんど熱がないから、どんな危険なところで使っても、火事をおこす心配がないのだからね。
 さわってごらん。冷たいだろう。火というものは熱いのがあたりまえのように思っているが、このバクテリヤ・ランプは水のように冷たいのだ[#「冷たいのだ」は底本では「冷いのだ」]。冷たい火だ。だから鉱山の穴の底だとか、火を発しやすい薬品をあつかう工場などのランプとしては、ほんとうにおあつらえむきなんだよ」
「それで、その発光バクテリヤはどこにいるんですか。どこで手に入れるのですか」
「海の水の中なんかに一等たくさんいるんだが、海まで行かなくても、たやすく手に入れる法があるんだよ。君にだって実験ができるんだよ。そのやり方を教えてあげようか」
「ええ、教えて下さい。僕やってみたいなあ」
 一太郎君はもう夢中です。青白い光の中に浮きあがって見える高橋さんの顔を、またたきもせず見つめています。
「それはね、魚屋さんから(いき)のよいイカを一匹買って来るんだよ。どんなイカでもいいんだ。それを水で洗ったりしないで、そのままお皿にのせて、海の水ぐらいの辛さの鹽水(しおみず)をつくって、イカの上にぶっかけて、そのお皿を、どこか冷たい場所に、十時間ぐらいおいておくのだよ。
 そして、十時間ぐらいたってから、そのイカをまっ暗な場所へ持って行って、顔を近づけてみると、イカのからだ全体に、青白く光るポツポツがたくさんできている。そのポツポツが発光バクテリヤのかたまりなんだよ。
 そのままにしておくと、数時間の内に、バクテリヤがふえて、イカのからだ一面に光り出し、それからまた、数時間たつと、今度はイカが腐り出して、バクテリヤの光がだんだんうすれて来る。それは発光バクテリヤが、ほかのもっと強い黴菌(ばいきん)に食われて死んでしまうからだよ。
 だから、そうならない前に、イカのからだがポツポツと光りはじめたころに、実験をはじめなければいけない。
 実験の道具としては、ピッチリ(ふた)のできる、瀬戸物の(はち)があればいい。ガラスの入れものでもいい、その中へ卵を一つわって入れ、よくかきまわしておいて、そこへ、海水ぐらいの辛さに鹽をとかした水を、大コップに一ぱいほど入れるんだ。そしてまたよくかきまわす。
 それから、お母さんに御飯蒸しを借りて、そこへ今の鉢を入れ、三四十分よく蒸すのだ。これは発光バクテリヤを食うような、ほかのばい菌を殺してしまうためだよ。
 そして、御飯蒸しから卵と鹽水を入れた入れものを出してみると、ちょうど茶碗蒸しの汁のように、卵がかたまっている。そこへイカのからだについている発光バクテリヤを、ぬりつけるのだよ。
 そのやり方は、針金の先で、イカのよく光っている所を、そっとこすって、バクテリヤのかたまりを、すくい取り、それを卵の表面にぬりつけるのだ。何度も同じことをくり返して、なるべくたくさんのバクテリヤをぬりつけるのだ。
 そうして、その入れものに蓋をして、やはり冷たい所へ数時間おいておくと、ぶよぶよした卵の表面全体が、発光バクテリヤで一ぱいになって、青白く光り出す。鹽水と卵のまじった汁を養分にして、バクテリヤが非常な早さで繁殖するからだよ。
 もっとも、このやり方では、間もなく光がうすれて、やがて消えてしまうが、ここにあるゼラチン膜のバクテリヤ・ランプは、そうじゃない。五日でも、六日でも、やり方によっては、数箇月だって、光りつづけるのだよ。しかし、この方はなかなかむずかしいから、まず今言った、やさしい方の実験をしてみるんだね」
 高橋さんは話しおわって、一太郎君の嬉しそうな顔をさも満足げに眺めるのでした。
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