ところが、それがうそであることが、しばらくして分かりました。息子さんからの電話はなく、看護婦さんたちが、かかってきたかのように演じていたのです。それはKさんを励まし、希望を持たせるために、看護婦さんたちがついた精一杯の優しいうそでした。そして、悲しいうそでした。というのは、Kさんが入院した当初は、本当にその息子さんから毎日のように病院に電話があったそうです。トラックの運転手をしていた彼は、仕事で全国を走り回っていたため、直接、病院に見舞いに来られなかったのです。入院して以来、Kさんは何度か危険な状態になったことがあったそうです。そのたびに、看護婦さんが、「息子さんから電話がかかっているのよ」と声をかけると、不思議と持ち直したというのです。
そんなある日、病院に悲しい電話が入りました。交通事故で、Kさんの息子さんが亡くなったという知らせでした。Kさんの病状を心配して、そのことは知らせないことにしたそうです。そしてその日から、看護婦さんたちの幻の電話が始まったのだそうです。
(中略)
しかし、そんな看護婦さんたちのうそも長く続きませんでした。Kさんは日ごろに容体が悪化し、別れが近づいたころは、まるで看護婦さんたちの幻の電話を知っていたかのように、ただ「ありがとう、ありがとう」を繰り返すばかりでした。幻の電話の遺体が病室を出て、廊下をエレベーターに向かう途中、ナース・ステーションの前を通り過ぎたところで、突然「リーンリーン」という電話のベルが鳴り、一瞬、みんな、そこに立ち止まってしまいました。そして鳴り響くそのベルの音を聞きながら、看護婦さんたちがボロボロ涙を流していた光景を、10年近く経った今でも鮮明に思い出します。
1、「オヤジ」とはだれか。
①Kさん
②Kさんの父親
③筆者
④筆者の父親
2、「それがうそであることが、しばらくして分かりました」とあるが、何がうそなのか。
①Kさんの息子が病院に電話をかけたこと
②Kさんが息子からの電話を楽しみにしていたこと
③筆者と同じ病室にKさんのいたこと
④筆者がKさんの息子をいい息子だと思ったこと
3、「看護婦さんたちがついた精一杯の優しいうそ」とあるが、看護婦たちがうそをついたのはなぜだと考えられるか。
①うそをつくことが楽しかったから
②筆者がうそをつくように頼んだから
③Kさんの息子に病院に来てもらいたいから
④Kさんに少しでも元気になってほしいから
4、「そのたびに」とあるが、この場合、次のどの表現に最も近いか。
①Kさんの息子からの電話があったときはいつも
②Kさんの病状がよくなりかけたときはいつも
③Kさんの病状が非常に悪かったときはいつも
④Kさんの息子が見舞いに来られなかったときはいつも
5、「幻の電話」が始まったのは、いつからか。
①Kさんが入院した時から
②Kさんが亡くなった時から
③Kさんの息子が亡くなった時から
④Kさんの息子が忙しくなった時から
6、「立ち止まってしまいました」とあるが、なぜだと考えられるか。
①「ありがとう」とお礼を言われたから。
②エレベーターがまだ来ていなかったから
③電話機がないのに電話のベルが鳴ったから
④Kさんの息子からの電話のように思えたから
7、「幻の電話」とは、どんな電話か。
①本当はかけることができない電話
②本当はかかってきていない電話
③本当はかけてはいけない電話
④本当はかけたくない電話
8、「そのこと」は、何を指すか。
①Kさんの病気が悪いこと
②Kさんの息子が死んだこと
③Kさんにうそをついていたこと
④Kさんの病状をお心配していること