日本は様々な民族が渡来し混交した雑種社会であり、日本列島の上に形成された文化も、いわば一種の雑種文化です。この日本文化を喩えて、(注1)「ラッキョウ文化」と言う人もいます。ラッキョウの皮を一枚一枚剥いで行くと最後に何も残らないように、日本文化には固有文化、(注2)オリジナルなものは一つもないとする見方です。〔ア)
このラッキョウ文化論の弱点は、外来の文化を受容したときのままで保持していると考える点にあります。元のままなら、それを一つ一つ取り去ることができるし、取り去ったら後には何も残らないでしょう。〔イ)しかし、受容した文化は、これに手を加え、場合によっては原形をとどめないほど変えてしまうこともあります。(1)それが日本人の感情によって育てられ、日本の風土のなかに定着するとき、もはやラッキョウの皮のように剥ぎ取ることはできないのです。例えば、漢字は中国から輸入されましたが、日本人は漢字からひらがなやカタカナを作り出しました。現代では、カメラや自動車づくりの技術がその典型です。〔ウ)このように、日本人はオリジナルに手を加え、オリジナル以上のものに仕立て直す名人でもありました。〔エ)
注1:ラッキュウ:「辣韭 薤 辣菲」。ネギ類に属し、食用とする。注2:オリジナル:独創的。特有の。
問1:「ですから、タマネギ文化論は、文化を単に量として扱い、質の問題として考えていない議論なのです」という文は、ア~エのどこに入るか。 1.ア 2.イ 3.ウ 4.エ
問2:(1)「それが」とあるが、「それ」が指す内容はどれか。
1.雑種文化である日本文化 2.受容したままの文化 3.外来の文化の原形 4.加工された外来文化