頂き物
先生と私。私たちの分かれの時。悲しいから出会いとか今は求めたくない。高校の友達って楽しい。学校自体も楽しいけど、なんだか毎日が新鮮でどきどきわくわくする。勉強は大変だったけど、今ではそれさえも素敵な思い出になっている。一番の思い出になろうとしているのはやはりあの人に出会ったことだと思う。
「小林先生」世界史の小林先生は多分生徒の仲で一番人気の先生だと思う。背が高くてやさしい顔をしている。私は一年の春この人を始めて見た瞬間から確実に引かれていた。運良く一年では小林先生は私のクラスの担任だった。ちょっとしたことですぐに話ができる先生。クラスの女子にはもちろん、男子にも大人気だった。冗談も通じるし、まだ若いから、先生というよりは、友達という感覚で皆接していた。
私はもちろん同じ感覚で先生を見ているつもりだったけど、少しだけほかのことは違っていた。私は先生に恋をしているから。先生でも友達でもない。一人の男性として見ていた。
「そういえばお前大学は決まった?」
「うん、地元の専門学校だけどね。」
「何の専門学校?」
「服飾関係の、いつかお店持ちたいしね。」
「いいじゃんか。ちゃんとした夢持っててさ」
ふんわりとした優しい笑顔。この笑顔が大好きだった。もちろん今でも大好き。でもこの気持ちは絶対に明かすことができない。周囲の目というものがある限り曝すことなどできない。だから卒業してすっきり忘れようと思っている。いい思い出として留めておきたいだけなのかもしれないけれど。でもこのやさしさは私だけのものじゃない、みんなのもの。みんなこの笑顔が大好きだから、先生と親しんでいるんだ。ほかのことを話しているだけで、たまに嫉妬してみてしまうこともある。
「でも、もうすぐ卒業なんだよな、今の三年のやつら、俺けっこうすきだったな」
「全学年で一番?」
「当たり前だ。俺三年間お前らをずっと教えたんだ。」
「卒業してしまたら、もう、きっと先生には会えないだろうな。春なんか来なければいいのに。」そう思ってしまうけど、やっぱり辛い恋だから、早く終わらせなくちゃ。
「そうだ、森野、これやるよ。」
「何、これ?」
先生が私の手を取って、握らせてくれたのは、一枚の紙切れだった。何かのチケットのような、よく見ると、来週末に公開される映画のチケットだった。私は先生の顔を見上げた。先生は鼻の頭を掻きながら笑って見せた。
「来週暇?一緒に行くはずだったやつが急に仕事入っちゃてさ、合格祝いも兼ねて、デートでもいかが?」
「デ、デート?」声が出変えて。
「ほかのやつには秘密だからね。で、来週暇?暇だよね、よし、来週迎えに行くよ、十時に公園に、必ず来いよ。じゃ、またな。」
「あ、先生!」勝手に話を進めてしまう先生を必死に呼び止めた。歩き出そうと私に背を向けた先生がくるっと振り替えてくれた。
「何?」そう言っている表情でやさしく微笑んでいる。
何で呼び止めたのかわからない。でもなんだか今しかないと思ってしまった。もう何もかも壊れてしまってかまわない。
「先生、私、先生のことが」
「ストップ」
何が起こったのか分からなくてとにかく目を見開いた。この感触、これはきっと…
「無理して自分から言うことないよ」
「先生、今」
「先生じゃなくて、幸一で呼んでほしんだけどな」
「幸一、先生の下の名前?」
「そう。森野の下の名前は確かみきだよね。よし、じゃ、来週の日曜に公園でな、約束だからね、みき」
何かなんだか、先生は何を言いたいのだろう。先生の不適な笑みに答えを見出してしまった。きっと私の顔は真っ赤だと思う。先生の言ったことの意味と先の感触。
春は別れ時。でも私にとってはとりあえずめぐってきた素敵な時でした。分かれは辛いけど、この人と一緒に春を乗り切ろうと思いました。