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猫の事件17

时间: 2018-03-31    进入日语论坛
核心提示:眼美人 ひとめ惚れを信じますか。 ひとめ惚れは、程度の低い、少し軽薄な趣味のように思われているけれど、そんなことはない。
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 眼美人
 
 
 ひとめ惚れを信じますか。
 ひとめ惚れは、程度の低い、少し軽薄な趣味のように思われているけれど、そんなことはない。
 長い経験を積んだ料理人は、材料をひとめ見ただけで新しいか古いか、おいしいかまずいか、ちゃんとわかるんだ。
 ひとめ惚れだって同じことさ。
 会った瞬間に、
 ——いやだな——
 と思った女が、交際しているうちにだんだんよくなるなんて、めったにあることじゃない。あるとすれば、それはそもそも�自分がどんなタイプの人が好きか�はっきりと自覚していない証拠なんだ。むしろひとめ惚れができないほうが、思慮のたりない証拠なんじゃあるまいか。
 オレの場合はひとめ見ただけでピンと来る。
 気分のあう女なら、会ったとたんに電気にでも触れたみたいに頭の中にビリッと走るものがある。
 ——ああ、この人はすばらしい——
 そう考えた人はきっとすばらしい。いつもそうだった。はずれたことは、ただの一度もない。
 自慢ついでにもう一つ言わせてもらえば、相手がオレを気に入るかどうか、それだってすぐにわかる。
 ふたりの眼と眼のあいだに、なにかしら光のようなものが交錯するんだ。
 ——うん、わるくない女だな。おや? 彼女もオレに関心があるらしいぞ——
 これでOK。あとは、
「お茶でも飲みませんか」
 そう誘えば、それで万事スムースに運ぶ。失敗はけっしてありえない、簡単なものさ。
 三三子《みさこ》と会ったときもそうだった。
 青山通りから墓地のほうへと入った通りの喫茶店。店の名は�サビーヌ�。フランス語で不思議な妖精のことらしい。内装が美しいのと、コーヒーがおいしいのとで、オレが気に入っている店。三日に一度は散歩の途中で立ち寄る。
 オレの仕事は商業デザイナー。二十七歳。住居は青山の2LDKマンション。一室は仕事場に当てている。
 仕事は結構いそがしいが、サラリーマンとちがって時間を自由に使えるのがうれしい。
 たいていは十時頃に起き、顔を洗い、新聞を眺め、それからフラリと散歩に出る。気分が向けば�サビーヌ�に足を運ぶという寸法だ。
 ——不思議な妖精はいないかな——
 などと夢想しながら……。
 この店のトーストは、うまい。
 パンとバターとをべつべつに出して、お客にバターをぬらせる店があるけれど、あんなのは下の下だね。パンがさめていたりしたら、さらに下の下の下。もう二度とそんな店には行かない。�サビーヌ�のトーストは、キッチンでパンにバターをたっぷりとぬり、その上でトースターにかける。作っているところを見たわけではないけれど、そうにきまっている。バターが焼けて黄色味を帯び、ふっくらとしたパンの中にしみこむ。押せばジュッとバターが滲み出るほどだ。トーストはこうでなければいけない。
 ああ、そう、そう、話は三三子のことだった。
 春爛漫《らんまん》。風も甘やかでとてもうららかな日。桜もちらほらと咲き始めていた。
 喫茶店の窓越しに鮮やかな緑の色が見えた。エメラルド・グリーン。夏の日の海の色。パレットに絵具をしぼり出したような鮮明な色だった。
 ——なんだろう——
 早くもこの瞬間から心の引かれるものがあった。緑色の光がオレの眼を目がけて誘いかけるように飛んで来る。
 ドアを押した。
 窓際にすわっている女が顔をあげた。鮮やかな色彩は女のかぶっている帽子の色だった。
 ひさしの大きい帽子を目深《まぶ》かにかぶり、その影が顔を隠しているので、細かい表情までは見にくかったが、
 ——美しい人だなあ——
 と思った。
 店にはほかに客もない。
 オレは胸を弾《はず》ませて、女の様子がしっかりと見える位置にすわった。
 女はテーブルの上に右腕を載せ、軽く頬杖をつきながら小首を傾げて窓の外を眺めている。優美な絵画のように……。
 鼻の形が美しい。
 睫毛《まつげ》が長い。
 ひょいとこちらを向いたとき、豪華な花が咲くようにぽっかりと美しい表情が表われた。
 ——わるくない……いや、とてもいい——
 グリーンに茶をあしらったスーツ。そのグリーンの色が帽子の色とよく調和している。服装のセンスも配色のセンスもわるくない。
 ——なにをしているのかな——
 年齢は二十四、五歳かな。
 だれかを待っているようでもない。小指をちょっと立てるようにしてコーヒーを飲む仕ぐさがかわいらしい。
 ドキンと胸が鳴る。
 ——これは本物かもしれないぞ——
 オレもぼつぼつ結婚を考えていい年ごろだ。今年あたりどこかでとてつもなくすてきな相手とめぐりあうのではあるまいか。そう思っている矢先だった。
 見れば見るほどオレの好みにあっている。
 考えてみれば、今日は朝からわけもなく心が浮き立っていた。なにかよいことが起こりそうな気配が周囲に漂っていた。
 ——なるほど、これだったのか——
 納得が胸に広がる。
 女が気配を感じて視線を伸ばした。パチンと眼があった。
 ——あら——
 女の表情の中に、なにか戸惑うような様子が映った。小さな驚きのように……。
 女は思っているのだ。
 ——この人だれかしら。変だわ。まるで見えない糸で引きずられているみたい——
 女の胸の中にさざ波が立ち始めたらしい。
 そのことは、それからの動作にはっきりと現れている。
 コーヒーを飲む仕ぐさがどことなくぎごちなくなった。かすかに頬が上気している。そして時折オレのほうへ視線をチカッと走らせる。それにしても美しい眼だな。鼻も唇もわるくないが、とりわけ眼の表情がきれいだ。眼美人、眼千両……。
 十数分の時間が一時間にも二時間にも感じられた。いや、そうではない。十数分の時間がほんの一瞬のように感じられた。それとも違うな。時間そのものがどこかへ飛んで行ってしまったようだった。
 オレはおもむろに立ちあがった。
「どなたかお待ちですか」
「いいえ」
 女は目顔で自分の前の席があいていることを告げている。
 オレは自然な動作でそこへ腰をおろした。
「すっかり春らしくなりましたね」
「ええ……」
「桜が咲き始めたんじゃないのかな」
「そうみたい」
 なんの違和感もない。オレたちは初めからこうなるように決められていたらしい。
「ちょっと散歩してみませんか」
「はい」
 ウェイトレスがあっけにとられているうちに、オレたちは肩を並べて�サビーヌ�を出た。
 二度目に会ったのは銀座の喫茶店。
 青山で桜を見たあと、オレが、
「おいしいものでも食べませんか。そう、明後日の夜くらい……」
 と誘ったのだった。
 女は恥ずかしそうに頷いた。
 心の中では誘いを待っていたのだが、女としては多少の恥ずかしさくらい示さなければ恰好がつかない。
「フランス料理なんか……」
「とても好きです」
 デートの約束ができたあと、女はフッとため息をつき、真実うれしそうだった。
 
「お待ちになりました?」
 女は赤と青と白と、三色の筋を木の梢のように交錯させたワンピースを着ている。頭には薄青いターバンのような帽子をつけている。今夜の衣裳もわるくない。
「じゃあ行きますか」
「ええ……」
 レストランに行って、豪華な夕食をとり、映画を見た。彼女の名前を聞いたのは、このときだったろう。
「三三子って言うの」
「どんな字?」
「三をふたつ並べて……」
「めずらしいね」
「父も母も三という数が好きだったの。私も好き。運命的なものを感ずるの」
 初めてあったのは三のつく日だったろうか。
「お仕事は?」
 恋の相手について一通りの情報を得なくては交際は進みにくい。
「なにもしていませんの」
「じゃあご両親と一緒に?」
「いえ、両親はいません」
「へーえ、僕もそうだ。じゃあマンションかなんかで……一人で?」
「そう。気楽な貧乏暮らし」
 口ぶりから察して親の残してくれた財産でもあるらしい。�貧乏暮らし�というのは、彼女の服装などから判断して嘘だろう。
「このあいだ�サビーヌ�に来てたのは……?」
「ああ。あそこに両親の墓があるものですから」
「なるほど」
 墓参りの帰り道にちょっと喫茶店に立ち寄ったのか。
「お住まいは?」
「目黒です」
 家まで送る道すがら車の中で手を握った。
 肩と肩が触れ、もう次には唇が重なっていた。
「この次、いつ会いましょうか」
「いつでも」
「では明日」
「いいわよ」
 口調がすっかりくつろいでいる。
 それからはもうトントン拍子だった。よほどオレのほうにいそがしい仕事がない限り毎日のように顔を合わせた。
 オレの目に狂いはなかったね。
 会えば会うほど好きになる。愛らしさが増して来る。
「好きだよ」
「私も……」
 恋は信じられないほどの速度で進んだ。
 ためらうことなどあるものか。ひとめ惚れこそ恋の真髄だ。長く迷ったからと言ってよい結果にめぐまれるものではあるまい。
 うれしいことに三三子もまたひとめ惚れの信奉者だった。
「青山の�サビーヌ�で会ったときから、こうなると信じていたわ」
「オレもそうだよ」
「不思議ねえ、一ヵ月前まで見ず知らずの人だったのに」
「愛の深さは時間の長さでは計れないさ」
「ホント。後悔していません?」
「するわけがないだろ。三三子は幸福かい?」
「ええ、とっても」
 とろけるような甘い台詞《せりふ》も、オレたちには少しも不自然ではなかった。もっともっと甘い言葉でなければオレたちの気持ちを表せないとさえ思った。
 一ヵ月後、当然の成行きとしてオレは結婚を申し込んだ。
「三三子、結婚してほしい」
 いびつな月が空にかかっている夜だった。かすかな光の中で三三子の表情が震えている。彼女もその言葉を待っていたのだろう。涙がこぼれるのを必死にこらえていたのかもしれない。
「私にはだれも身寄りがいないの」
「そんなことかまうものか。ふたりが愛しあっていれば恐れるものなんかありやしない。いいね」
「はい、一生かわいがってください」
「わかった」
 帽子の羽根が三三子の心の高ぶりを伝えるようにかすかに揺れていた。
 オレたちはそのまま路傍《ろぼう》で抱きあって長い、長いキスを交わした。だれかが背後を通り過ぎてもそのまま堅く体を寄せあっていた。
 
 結婚のその日まで体を交えたりしなかった。
 もとよりオレにその欲望がなかったわけではない。五体健全な男だからね。だが心の満たされている者にとって、肉の欲望などけっして我慢のできないものではない。
 三三子にはどこか古風なところがあって、結婚のその日まで清い体でいたいと願っているふしが感じられた。
 三三子がそう思うのなら、なにもあせることもあるまい。おいしいご馳走はあとで食べてこそ感激も深かろう。
 結婚式は三三子の希望もあって教会で、ほんの少数の参列者を招いて簡素に催した。
「病めるときも健やかなときも、なんじ、これを愛し、死がふたりを分かつまで堅く貞節を守ると誓いますか」
 牧師の声がおごそかに響く。
「誓います」
 三三子もまた同じ問いかけに対して、
「お誓いします」
 と、きっぱりと言う。
 表情は白いベールの下に隠れて見えない。ふたつの眼だけが宝石のように美しく輝いている。
 ——とうとうやったぞ。最良の妻を手に入れたんだ——
 実感がしみじみと込みあげて来る。
 まったくオレは幸福な男だぜ。これほどすばらしい相手にめぐりあえるなんて、よほど前世でよいことをしたらしい。
「やるぞ」
 思わず武者ぶるいが湧いて来る。
「すごいのね」
 三三子も頼もしそうに目を細めて、オレの肩に寄りそう。
 披露宴は省略。ホテルにみすみす儲けさせるような馬鹿騒ぎはオレの趣味にあわない。
 オレたちはその日のうちに北海道へ旅立った。
 三三子は薄青のスーツに同じ色の帽子。トルコ帽のようなデザインで、ちょっと目深かにかぶった姿がとても愛らしい。
「帽子が好きなんだなあ」
 思い返してみると、三三子はいつも帽子をかぶっていた。
「きらい?」
「いや、そんなこともないが……まるで新婚旅行そのものみたいだな」
 まったくの話、女は新婚旅行となると、きまって帽子をかぶる。まあ、三三子の場合はそれがいつもの習慣なのだから、仕方がないけれど……。
「だって今日は新婚旅行なんですもン」
 と、口を尖らせる。
「いいよ、よく似合う」
「ホント? うれしいわ」
 初めての夜は札幌のホテル。
 北国の町を散策したあとでオレたちは部屋へ帰った。
 先にバスを使ったのは三三子だった。
 オレがバス・ルームから顔を出すと、部屋の電灯が消えてまっ暗になっている。
「三三子」
「…………」
 妻は答えない。
 気配を頼りにベッドに入った。
「いつまでも愛してくださる?」
「もちろんだ」
「けっして捨てたりしない?」
「きまっているだろう」
「約束して」
「約束するさ」
 オレは三三子を抱き寄せ、丁寧に衣裳をはいだ。やわらかい肌が熱くたぎって震えている。
「愛しているよ」
「うれしい」
 やさしい抱擁のあとで体を割った。
 三三子は小さく声をあげたように思う。オレは無我夢中だった。細かい動作をつまびらかに思い出すことはできない。ただ心の中で、
 ——三三子はオレのものだ。一生オレのものだ——
 と叫び続けていた。
 愛の儀式はとどこおりなく終わり、安らぎのひとときがやって来る。
 オレは手を伸ばして灯をつけた。
「恥ずかしいわ」
 なんと美しい面差しだろう。すっきりと伸びた鼻。完全な形の唇、とりわけ大きな眼の美しさと言ったら……。
 だが……驚いたことに、三三子はベッドの中でナイト・キャップをかぶっていた。愛撫のさなかにはわからなかったけど。全身は裸だというのに、帽子ばかりはかたくなにかぶっている女……。なぜかな?
 三三子もオレの視線に気づいた。
「おかしい?」
「おかしい」
「でも、いいでしょ」
「うん、まあ……」
 思い返してみると、オレは三三子が帽子をかぶっていない姿を一度も見たことがなかった。
「なんにも身につけていない君の姿をオレは見たいんだ」
「もうすっかり見たじゃない」
「帽子が残っている」
「…………」
「唇も鼻もみんなすてきだけれど、とくに眼が美しい。いつまで見ていても見あきないよ。でも帽子があるおかげで、君の美しい顔をすっかり見れないからね。さ、なにもかも取って、生まれたまんまの姿を見せてくれ」
「そんなに私の眼が好き」
「うん。大好きだ」
 だが、三三子は大きな眼を見開いたままためらっている。
「君の美しい姿をしっかり眼の奥に焼きつけておきたい。ふたつの目でしっかりと見ておきたいんだ。本当のことを言えば君はふたつの目で見るだけじゃもったいないくらい美しい」
 われながらヘンテコなものの言いかたをしたものだ。
 三三子の顔が奇妙に揺れた。
「本当に?」
「ああ、本当だ」
 ふたつの眼がさらに大きく光った。
「私もそうなの」
 三三子がそう呟くのと、オレが手を伸ばして三三子のナイト・キャップを奪うのとがほとんど同時だった。三三子のすばらしい眼。なによりも美しい宝石のような眼。
「満足してくださる?」
 帽子を取ると、その下に、もうひとつ同じように美しい眼がパッチリ見開いて、悲しそうにオレを見つめていた。
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