なにか赤いものが体の中をスーッと通り抜けて行くんですね。頭の中だけじゃなく、体ぜんたいを、頭のてっぺんから足の先まで通り抜けて行く、そういう感じなんですね。それ以上なんとも説明ができません。とても不思議な感覚です。それが合図なんですね。
初めっからお話すれば、私、一卵性双生児でしてね。ええ、私のほうが兄です。
双生児ってのは、あとから生まれたほうが兄なんですってね。あとから出て来るほうが授精のとき先だったって聞かされたけど、本当なんですかねえ。
もし出産が夜中の十二時を境にしていたらどうなるんです。先に生まれた弟のほうの誕生日が前の日。兄のほうが次の日。おかしいじゃないですか。まあ、役所への届け出は同じ日にするんでしょうけど。
親戚の家に子どもがなかったものだから、弟はもらわれて行きました。私はほとんど東京で育ちましたし、弟は岡山でしたからね。めったに顔をあわせません。一年に一回会うかどうか、その程度のものでしたよ。
そりゃちょっと妙な気はしましたね。会うたびに自分とそっくりの顔があるわけですから。私たちは一卵性双生児の中でも特によく似ていたと思います。自分でも区別ができないくらい……アハハハ、これは嘘ですけどね。顔だけじゃなく、性格とか趣味とか好きな食べ物とか、みんなそっくりでしたね。
幼い頃から、赤いものがスーッと体の中を通り抜けることはよくありました。でも、初めのうちはそれがなんだか気がつきませんでした。最初に�変だな�と思ったのは、小学六年生のとき。私は昼寝をしていて、なにか赤いものが通り抜けたと思った瞬間、ものすごい息苦しさを感じたんです。なにがなんだかわからない。いくら息を吸おうとしても空気が胸の中に入って来ない。必死になって胸をかきむしりました。苦しくて気が遠くなりました。
数日後、上京した弟に会ったら、私が苦しんでいたちょうどそのとき弟は水に溺れて、あやうく死にかけていた。そういう話なんですね。不思議だなと思いましたよ。
それから二年たって、私がビルの上でぼんやり町をながめていたんですね。やっぱり一瞬赤いものが通り抜けて、急にいい気持ちになったんですね。�どうしたんだろう。まるで高い山に登っているような気分だなあ�って、たしかにそう思いましたよ。同じときに弟がアルプスに登って北穂高の頂上にいたんですね。
その後気をつけていると、赤いものが通り抜けた直後には、いつも同じようなことが起きるんです。感応作用って言うんでしょうか。一種のテレパシイみたいなものですよね。アメリカやヨーロッパじゃ、双生児のあいだでときどきこういう現象が起きるって、学術報告があるそうですね。
本気で信ずるようになるまでには、ずいぶん時間がかかりましたよ。初めのうちは、ただの偶然の一致だと思っていましたしね。
それに、ほら、弟とはそう繁く顔を合わせているわけじゃないから、確かめる機会があまりないしね。確かめてみても日時がたっていると、はたしてピッタリ同じ時刻だったかどうか、そのへんが曖昧になってしまいますしね。
いえ、弟のほうはべつに赤いものが通り抜けたりしないようです。感ずるのは私のほうだけです。どうやら私たちの感応作用は一方通行のようでしたね。
はっきりと確信を持つようになったのは、ここ一〜二年のことです。むしろこの前の事件で確信したと言うべきかもしれませんね。
会社で仕事をしていたら、赤いものが走り、突然ガーンと全身にショックを受けて気絶しました。すぐに正気に返って、
——これはいかん。弟になにかが起きた——
と思いましたよ。
案の定、交通事故でした。
弟は病院からの帰り道、自動車にはね飛ばされて死にました。運転手の証言では、もの思いにふけっていて注意力を失っていたようです。弟は、癌にかかっておりましてね。もう先が長くないと、それを考え込んでいたんでしょう。
私もピンと感じましたよ。なにしろ私たちは顔も体もそっくりですからね。私も同じ病気に冒されているんじゃないかって。半年くらい前から体調もおかしかったし。
やっぱりそうでしたよ。医者は否定してますけど、私にはわかります。私も先の長い命じゃありません。
でも平気です。弟が死んでからも、ときどき赤いものが通り抜けるんですよ。そのとたんすてきにいい気分になってね。ちょっと口では言い表わせない爽快感ですよ、これは。で、思うんです。�なるほど。弟は今いい気持ちなんだな。死後の世界はとてもいいところなんだな�って……。