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三角のあたま08

时间: 2018-03-31    进入日语论坛
核心提示:私の目くじら ある講演会の主催者から、私の略歴を記したパンフレットが送られて来た。生年、学歴、職歴、などを記したあとで〓
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 私の目くじら
 
 
 
 ある講演会の主催者から、私の略歴を記したパンフレットが送られて来た。生年、学歴、職歴、などを記したあとで〓“国会図書館面接の際「将来は館長になりたい」との名セリフを残す〓”と書いてある。
 
 パンフレットを作成したかたの工夫には感謝するけれど、
 
 ——少しちがうな——
 
 とも思った。感謝のほうを先に言えば、これは私自身がエッセイに書いていることである。作成者は私の作品をいくつか読み、この部分に行き当たり、こんな形で紹介したにちがいない。無味乾燥の略歴紹介が多い中で、この気くばりはうれしい。
 
 だが、短い引用なので不正確なところもある。この一行を見た人は、なにを考えるだろうか。入社試験で「将来は社長になりたい」と答えたようなものである。野心満々、上昇志向の人間像を想像するにちがいない。
 
 そうではなかった。
 
 面接官が「図書館の仕事の中で、どんなことがやりたいか」と尋ねたのである。私は図書館職員養成所に通っていたから、図書館の業務をある程度知っていた。面接官もその前提で尋ねたのだろう。整理、閲覧、リファレンス……知ってはいたが、どれもとくにやりたくはない。学生時代に肺結核をわずらい、やりたい仕事という発想よりも、むしろ体に無理のない、安定した職種という観点で応募した職場だった。とっさに茶目っ気が出て、
 
「館長なんか、おもしろいと思います」と答えてしまったのである。
 
 すぐに後悔した。
 
 ——与太が過ぎたかな。これで駄目だろうな——
 
 採用されたのは好運だった。館長になりたいと本気で思っていたわけではないし、簡単になれるはずもなかった。
 
 
 
 国立国会図書館の館長について言えば、これはものすごく偉い。日本で一番偉いお役人と言ってもいいくらい。まったくの話、これより偉いのは内閣総理大臣、衆参両院の議長……。しかし、どちらも選挙で選ばれた人たちであり、下から勤めあげた普通の公務員ではない。学校を出てから係長、課長とピラミッドを昇り、普通の手段でたどりつくポストとしては国立国会図書館の館長が公務員として一番偉い。なにしろ国務大臣待遇なのだから。
 
 大蔵省を例にとって言えば、ここでは大蔵大臣がトップにいて、そのすぐ下に政務次官と事務次官がいる。政務次官は議員であり、選挙で選ばれた政治家である。大臣も政務次官も、そのときだけこのポストに就いているのだから、臨時雇いのようなものである。優秀なる大蔵官僚の最後の到達点は事務次官。この人の権力は、はい、絶大なものです。
 
 それでも次官は次官。国立国会図書館の館長は、権力はともかく、ポストとしてはそれより偉い。副館長が次官と同じ高さである。
 
 どうです、驚きましたか。
 
 私が簡単になれるはずがない。
 
 どうしてこんなことになったのか。大急ぎで説明をすれば、昭和二十年代、占領下の日本。この国の将来について占領国であるアメリカ合衆国の内部に、
 
 ——文化的な理想国家を作ろう——
 
 という良心的なグループがいた。そのためには行政府から離れたところに文化のシンボルとも言うべき図書館を置き、このトップには大臣級の権限と名誉を与えようと、そういうことになったらしい。
 
 その後、数十年、この理念がどうなったか、ここでは言わない。
 
 よってもって国立国会図書館館長は、大変高いポストになったけれど、初代の金森徳次郎氏を除けば、あとは衆議院の事務総長と参議院の事務総長が交互に務めている。数十年間、まことに、規則正しく……。
 
 ちなみに言えば、両院の事務総長はそれぞれの事務局で一番偉い人だが、次官待遇である。この先、両院の議長になれるわけではない。行き止まりまで来て、近所を見ると、もう一つ高いポストが、つまり国立国会図書館の館長職があるではないか。
 
「仲よく交替で分けあいましょうよ」ということになった、と、私には見えるのである。だれが見てもそう見えるのである。
 
 本当のことを言えば、この職には、名をあげてすぐにだれもがわかるような、一国の文化的シンボルであるような、そんな人が就くのがふさわしい。
 
 
 
 話をもとに戻して、私の略歴を見ていてもう一つ、気がかりなことがあった。このパンフレットだけではなく、一般によく見かける記述なのだが、私について「〓“ナポレオン狂〓”で第81回直木賞受賞」と書いてある。
 
 まちがいではないが、誤解されやすい。
 
 少しややこしい話なのだが、私には「ナポレオン狂」という短篇小説と、もう一つ同じ〓“ナポレオン狂〓”というタイトルをつけた一冊の本とがある。本のほうには、「ナポレオン狂」という短篇のほかに十二の短篇が収録されている。直木賞はこの本一冊分、合計十三の短篇に対して与えられたものであり、「ナポレオン狂」という短篇一つに与えられたわけではない。だから誤解のないように書くとすれば「短篇集〓“ナポレオン狂〓”で第81回直木賞受賞」がわかりやすい。
 
 本人が気にするほど世間は気にしない。重箱のすみをつつくような話などどうでもいいと思うだろうし、こっちも少し面倒なので、あまりむきになって訂正などしないのだが、
 
「あのう、『ナポレオン狂』って、たかだか四十枚くらいの短篇でしょ。あれ一つで直木賞をとったんですか。いいな」
 
 などと言われると、これは私事ではなく、直木賞の権威にもかかわるような気がする。
 
 だから昨今はときどき目くじらを立てて訂正している。
 
 そう言えば、国立国会図書館の〓“国立〓”もけっして無意味についているわけではない。
 
 この図書館は国立中央図書館であると同時に、その一部で国会(のための)図書館を営んでいるのである。略して呼ぶならば、国立図書館のほうがふさわしい。国会図書館だけでは、
 
「普通の人が利用できるんですか」
 
 といった疑問が起きて当然だろう。私自身が書くときはかならず国立国会図書館と書く。
 
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