「信じらんない。お兄ちゃん、趣味悪い」
ぼくの趣味がいいか悪いかなんて、自分ではわからない。だいたい、「息こらえ」が、たったひとつの趣味だったはずなんだけど。
「山口さんて、ものすごーく評判悪いのよ」
妹は、すごーく、のところに力をこめて、ひきのばした。
外から帰ってくるなり、ぼくの部屋にとびこんできたのだ。そして、ぼくのベッドにすわって文句を言っている。
妹とぼくは、とても仲がいい、ということになっている。隣のおばさんとか、親戚《しんせき》のひとだとか、お互いの友だちとかに言われる。
たしかに仲が悪いとまでは思わないけれど、そんなに積極的に言うほどのものかなあ?兄弟はふたりだけだし、小さいころから両親が家にいない(父親は会計事務所、母親もインテリアの仕事をしてる)ので、一緒にいるのには慣れているとは言える。
「私、ユリコから聞いてあきれちゃった。すぐにね、男とりかえるひとなのよ。ふたまたかけたりとかね。有名なんだから」
ぼくは、妹を見る。
妹は、右手で右の耳たぶのところをいじっている。小さいころから、イライラしたときに見せるしぐさだ。
「お兄ちゃん、女の子に免疫がないでしょう。そりゃあ山口さんは美人だろうけど、なんかちょっと派手な子には、お兄ちゃんて、簡単にだまされちゃうんじゃない?」
右ばっかりひっぱっていると、右の耳だけ長くなっちゃうよ、って、ぼくが言ったら、妹はすごく気にした。これから、左をひっぱることにする、って約束した。まだ、妹が小学生のころの話だ。
癖は全然なおらなかったけれど、その時のことを、妹は覚えているのだろうか。
「私ね、お兄ちゃんは、女の子のこと好きにならないんじゃないかって思ってた。ずっと、女の子に関心がないんだと思ってた。だって、私の友だちで、お兄ちゃんに憧《あこが》れてる子がいっぱいいても無視してたでしょう? それがね、あんな性格が悪いし、脚も悪いひととつきあうなんて」
妹は、大袈裟《おおげさ》にベッドに倒れる。キュロット・スカートから不自由していない二本の脚が伸びる。
横になったまま、妹は右の耳をひっぱっている。