ぼくは、遠距離通学者に分類されている。
職員室で、そうファイルされているはずだ。直線距離ならたいしたことはないのだけれど、時間がかかる。家のある市と高校のある市を結んでいるJRには、そんなに長く乗っているわけじゃない。せいぜい三〇分ぐらいだ。
けれども、JRに接続するまでの電車が、異様に遅い。単線だから、ときどき反対側の電車が来てすれ違うのを待たなければならない。駅でもないのに、線路がふたまたに分かれているところで、ただ止まっているのを経験したら、あきれるよ。
窓の外を見たって、海しかないんだ。
学校に遅刻しそうになったときは、自転車で海岸ぞいの国道を走って、JRの駅まで行く。ぼくの自転車をこぐスピードは速い。自慢するほどのことではないけど。トレーニングにもなるし、いっそ、いつもそうしたらよさそうなものだけど、電車の方が本が読めるし、だいたい、駅のまわりにはまともな自転車置き場がなくて、へたすると撤去されちゃう。
最近は、特に自転車で行く回数が減ってしまった。
山口は、妹と同じ女子校だった。大人っぽく見えたけど、学年は、ぼくと一緒。妹のひとつ上になる。妹の学校は、単線の電車の終点になっているJRの駅から歩けるところにあった。だから、朝は妹よりぼくのほうが早くに出る。
けれど、山口は駅で待っていた、ぼくのことを。
駅ったってね、土を長方形に盛り上げただけで、どこからでも入れる。駅員もいない。ここも、目の前にはただ海がひろがってて、遠くに伸びる半島と、沖に浮かぶ船が見えるくらい。
ぼくは坂道を下り、電車の線路にそった細い道に曲がって駅に向かう。山口が立っているのがわかる。山口は、いつもカバンを胸のところにかかえ、水平線を見ていた。ホームにあがり近づくぼくに気づいて、微笑む。
妹は言ってたけど、一緒に電車に乗ってるだけで、つきあってるなんてことになるのかなあ。
乗客は通勤と通学が半々ぐらい。途中から混んでくる。
連結器のドアのところまで、ぼくたちははいった。毎朝会っていて、ぼくは何を話したらいいのかわからなかった。たいがいは山口の訊《き》くことに返事をしていた。
今日の授業は何?
どんな練習するの?
三〇〇メートルを十本っていうのは何秒くらいで?
ぼくは、いつも大きなバッグを持っている。
陸上競技というのは、何も道具がいらない単純なスポーツにみえるだろうけど、ウエアの数がすごくいるのだ。汗をかいたら筋肉を冷やさないように、着替えなければならない。
ぼくは、そのバッグが、ひとに押されて山口に当たらないように注意していた。底に板みたいな固いものがはいっているからだ。
途中でひどく混みだすと、ぼくは、ぼくのからだとドアの間に山口のいるスペースをつくろうと努力した。
ウェーブのかかった山口の長い髪は、とてもいい匂いがした。
電車が揺れる。山口の手がぼくに触れる。
ぼくは、からだをひく。