それでさあ、県大会。
実際、これまでのことなんてどうでもいいの。ここが勝負。
朝、起きて、窓開けたら、天気がメチャクチャよくって、気が狂いそうなくらい。
俺のために晴れてくれたって感じよね。やっぱ、外でやるスポーツは、青い空、白い雲よ。
雲なんてほとんどないけどね、今日は。下の方に少しだけ、うっすらとしてるかね。
そしたら、いきなり、
「暑くなるね。中沢君、だいじょうぶ?」
ハンマー投げのでぶの吉田さんたら、いつのまにか起きてきて俺の後ろに寄りそってんの。
「はあ、たぶん」
たしかに、吉田さんは汗っかきだから、暑いのいやなんだろうねえ。俺は、だいじょうぶよ。これ以上、汗なんてかけないくらい毎日しぼられてるんだから。
で、一年生は早出して、陸上のスタジアムでテント張りのお仕事。
ほとんど、これって、お花見の場所取りの感じね。縁日なんかだったら、仕切ってる人がいるけど、そんなのないから早いもの勝ちで、いいところ、日があんまりあたらなくて風が強くなくて、集合場所からそんなに遠くないところで、うるさくなくて、っていうようなところにテントを張る。
今日のレースに出る出ないは別にして、一年生全員とお目つけ役の二年がやる。まあ、そんなもんよ。一年のハイジャンのやつで、試合に出られることになってるのがバスの中でぶつくさ言ってたけど、いやあねえ、こういう細かいのって。
そりゃあ、中学のころから名前売ってて、ちょっとはでかい面したいんだろうけど、朝、早起きして雑用したくらいで跳べなくなるハイ・ジャンプなら、やめちゃえばいいのに。
俺ね、こういう仕事って、うまいの。
ようするに、要領よ。手際よくやればさ、隣の高校のひとだって、狭いなって思ってたって、つめてくれたりするじゃないの。
そもそも、俺たち、いつも男ばっかで練習してんだから、こんなときぐらい女子校の横にテント張りたいじゃない。陸上競技のいいところっていったら、男女一緒に試合があることぐらいしかないでしょ。
こういうスポーツって珍しい。あとは水泳ぐらい? でも、むこうは裸だわね、ずっとめぐまれてる。
おっと、二年がもたもたしてるから、工業高校にはさまれたところになっちまったぜえ。
最低。
見てて気づいたんだけど、長距離のやつらが、ともかく、どんくさいね。テント張るのにロープも持ってられないのよ。友だちになりたくない。フィールドとか短距離のやつはまだましなんだけど。
まあ、そんなで、楽しい一日が始まった。楽しい? うん、なんていったってね、いくら工業高校のやつにガン飛ばされたって、レースのある日は最高。陸上競技場にいられる。お祭りだよね。
それで、俺、一五〇〇辞退してて、八〇〇だけなの。
校内予選の二、三日あと、練習が終わってから体育教官室に行って、
「あのう、ぼく、今度の大会は、八〇〇にしぼりたいんですけど」
って言ったら、顧問のやつ、昔は円盤投げで相当ならしてたらしいんだけど、立ち上がってきちゃって、
「そうか、お前にもそういうところがあったのか。いままで、俺はお前のことを誤解していたぞ。いや、ありがとう。よかった、よかった」
もう、俺のこと、抱きしめそうなくらい。
そっちの方が、誤解なのよね。俺は、なにも、今年がラスト・チャンスの三年に出番を譲るつもりで言ったんじゃないの。ちんたらちんたら、一五〇〇も走るのがかったるいからなの。そんなんで疲れちゃったら、バシッて、八〇〇で決められないでしょ。
ひとまず、他にどんなに速いやつがいるのか見当はつかないけど、去年の中学のときに負けた広瀬っていうのには勝ちたいじゃない。それが、俺の目標よ。
だって、借りは返しとかなきゃ。
この「先輩のために」一五〇〇やめた話がひろまったら、俺、二年や三年にえらく受けはじめちゃった。昨日なんか、夜、俺んとこにオレンジ持ってきてくれる先輩までいるの。ほとんど、でぶの吉田さんが食べたけど。
これで、もう、この陸上部は、俺のもんだね。