ひと口でヤーさん、って言うけど、幹部から下っぱ、使いっぱしり、新聞でいう準構成員ってやつね、そんなのまでいろいろ。
中学生や高校生ぐらいのがたまってるとこにこのひとたちが出て来ると、ま、何かが起きる。みんな、もめごとは大好きなんだもの。そんな嫌いな方じゃないけど、俺も。
それに、基本的にリクルートの場なわけでしょ、街は。見どころのあるやつを求めて、ちょっかいだしてくるのは目に見えてる。
特に、若いやつだと、自分は後ろに組しょって偉くなった気でいるから、メッチャ威張ったりね。中学の後輩の顔見知りなんていると、すごいよ。
だから、こういうときは、それなりの関わり方があるっていうか、根性なかったら関わらないほうがいいんだけど、この伊田の親衛隊の諸君は、そのへんのとこ、わかってくれてんのかねえ。
「そのまま、そのまま」
でかい声じゃない。
だけど、逆らえない雰囲気がある。路地の方から公園に、のったりのったりはいってくる三人連れ。格があるじゃないの。
手前にいるのは頭を全部|剃《そ》っちゃってる。もろ、暴力、って感じ。暗くてよく見えないけど、かなりの本物。ヤバイねえ。
俺、公園の逃げ道をそっと確認した。
うまくないことに、出口は、いま、やつらがはいって来たひとつしかない。後ろの方にあるフェンスは、ちょっと高いけど、たぶん、よじ登って路地に飛び降りたら逃げられると思う。まあ、三人以外に仲間がいるようすもないし、あとは駅がどっちの方向になってるかだ。
だって、伊田の親衛隊はなにしろ地元なんだから、あいつらと関係がある可能性は、あんまない気はするけどゼロじゃない。そしたら、成り行きによっては、高校生五人プラス本物ヤクザ三人の八対一になっちゃう。
俺の場合はさあ、へたにつかまって事務所に連れこまれたりしたら、親父の問題があるでしょ。うちはテキヤ系で、まじめに働いてるちっちゃいとこだから、組どうしの話になったりしたら、ものすごくうっとおしい。
さっきまで俺にからんでた木刀を持ったすこしかっこいいやつは、完全にヤクザに気をとられてた。こっちなんか見てないから、俺は、ダッシュして後ろに向かって走ったらいい。
俺、スターティング・ブロック代わりに、砂場に埋め込まれたコンクリートのカバの尻《しり》に右足をかけた。これ蹴《け》って飛び出すつもり。きょうは何度も、何度も、かわいそうなカバさん。
タイミングをはかった。
あまり早いと、ヤーさんたちに路地に回られたりしてもいけないからね。あと二メートル。俺、右足にピクッと力入れて、上半身を後ろにねじった。
さあ、今だ。
「龍二さん」
へ?
振り向くと、一番あとからついてきてた小さい人がニヤニヤしてる。
なんだ、安さんじゃないのお。
前のゴッツイふたりは、見たことない。
でも、頭剃ったのが、
「てめえら、そのひとは、中沢さんとこの坊っちゃんだって、わかっててやってるのか。あー?」
これで、おしまい。
後ろで、安さんはニヤニヤしたまま。もう、早く教えてよね。最初から知ってたんなら。
次の日、俺、日曜で家にいたのよ。
ろうかですれちがったとき、安さんに、
「龍二ちゃん、逃げるの速そうね」
って、言われちゃったぜい。
偶然のおかげで助かったけど、なんか、俺、まぬけ。水戸黄門みたいね。印篭《いんろう》の代わりにマスコットのスパイクのお守りでも用意しとこうかしら。