学校の前のバス停には、俺と同じように大きな荷物の高校生が三人いた。二人は顔と名前は知ってて、ほとんど話したことはない。もうひとりは、全然知らないけど、黒いバッグが見るからに野球部。その上にすわりこんでる。
夏休みで家に帰れるわけでしょ。それも、普通の四十日間ぐらいを全部ってわけじゃなくて、部によって違ってもせいぜい合わせて三週間ぐらい。それなら、みんなもっと嬉《うれ》しそうにしてたっていいじゃないの、うきうきして。
でも、そうでもないのよね。なんでなんだろ。俺がそう感じるだけなのかな。
バス通りは、ほこりっぽかった。何日も雨が降ってない。俺の高校は市のはずれにある。グラウンドのスペースがいるんで十年ぐらい前に中心部から移転したんだって。朝なんかには、寮で歯をみがいていると山がくっきりと見えて、なんていう田舎に来ちゃったのかって思ったね、最初は。
バスはそっちの、山の方から来る。なかなか来ないんだけども。
四人で黙ったまま、ただバスの来る方向を見てて、俺、なんか、気が滅入ってきちゃった。こいつらも、俺も、いまに吉田さんみたいに、家に帰るより寮に残ってたくなるのかもね。
それが尾を引いたのかねえ、バスに揺られ電車に乗り換えて家に着いて、ちょっと、もうひとつの気分。
おふくろは単純に喜んでくれてるみたい、俺が夏休みで帰ってきたことで。こういうのって本当にありがたいよね。俺を待ってくれているひとがいるっていうのは。
で、夕飯食って、そのあと遅く帰ってきた親父と少ししゃべって寝た。
そしたらさ、夜中に目がさめてしまって、ああ、寮ででぶの吉田さんといるんじゃなくて、これからしばらくは、うちなんだなって、思った。少したってだけど。
変な話だよねえ。俺、高校に入ってまだ三か月程度でしょ。でも、なんか、家が自分のいる場所じゃない気がするの。俺の部屋は、もとのままだった。ま、当然。いままでだって試合のない週末はもどってたんだから。
朝になって、もっと、それがわかったね。この日は練習なし。完全休養なわけ。学校行かなくていいとなったら、俺、何していいのかわかんない。することがない。
それで中学のバスケット部で一緒だったやつに電話した。なんか懐かしいじゃない、久し振りで。
で、二軒かけていないんで、それ以上続ける気がなくなった。はっきし言って、みんな俺の子分みたいなやつらだったのよ、いままでは。俺が声かけりゃすぐに出て来るような。
それがさ、高校行って、それぞれの生活、っていうのも大袈裟《おおげさ》だな、新しいことやってんだろうねえ。あ、就職したやつもいるけど。
いま伊田は走ってるはずだし、電話の前でつまんねえなあって思って、それで思いついて、小川の家にかけた。覚えてる? 妹はバレー部の和美で姉ちゃんが広美ね。どっちが出てもいいやって思って。俺、両方ともずっと会ってないの。
そしたら、母親が出て、このひと昼間働いてたはずなんだけど、今日は家にいて、それで、和美のこと訊《き》いたら、バイトしてるって。俺、元気な仲のいい友だちの感じで話してたら、場所も教えてくれた。
マクドナルドとかじゃなくて、喫茶店ていうのが小川らしいわね、なんとなく。それで出かけてみたら、暗い感じの小さい店。外からは全然見えない。ドア開けて、テーブルがテレビ画面になってないんで良かった。だって、そうなってたら、もろ、賭《か》けポーカーの店じゃない。
いらっしゃいませって声がして、小川と目があったから、よう、って言って、俺、奥の方の席に行った。
小川は最初ちょっと驚いた顔してたね。で、俺の前に水とおしぼり置いて、立ってる。
「レスカ」
俺、とっても愛想よく言ってあげてるのに、すぐに、ぷい、っていなくなっちゃう。なんなのよ。
俺の他には、客は、アタッシュケースのセールスマンふうのふたり連れ。それに、頭がボケちまったみたいな、たぶん近所に住んでるじいさんがひとり。どうみたって忙しい店じゃない。
レモンスカッシュ運んできたときに、
「元気?」
って訊いたら、
「うん」
それだけ。
「高校おもしろい?」
「全然」
それで、また、ひっこもうとする。奥を気にしてんの。振り返ってわかっちゃった。中で作ってる男、髪の毛脱色したやつが、カウンター越しにこっちじーっと見てる。こいつとデキてるってわけね。
ふーん。
ま、いいや、どうでも。わざわざ、がんばるほどの女でもないわな。
俺、雑誌のラックからマンガ取ってきた。開いたら、ピラフのメシがはさまってつぶれてんの。印刷のインクがメシの粒について青く染まってんのを、俺、ずっとながめてた。
外はバッチリ日が照ってた。影もないくらいの真昼。
このレスカ飲み終わって、店出たら、何しよう?