夏休みも八月になると、少し間延びした感じになる。夏の喜びが少しずつほどけてゆくよね。
けれど、だからって、ぼくは、そんなことでセンチメンタルになったりはしないよ。
夏だけじゃなくて、秋だって、最初は風だとか虫だとか空だとかが面白くても、だんだんに飽きてくる。結局、人間はある一定の刺激にはすぐに慣れてしまうということ。それだけだ。
ただ、この街がもともと海水浴客のために開けた、言ってみれば夏のために生まれた街だということが、夏を特別な季節にしているということはあるかもしれない。
夏は活気が違う。海の家が建つし、風に運ばれて海水浴場から音楽が聞こえてくる。なんかね、歩いてる人の表情まで変わるみたい。
でも、そういったすべてのことが、ぼくにはどうでもいい。
ぼくは外界の変化に左右されたくない。ひとつの独立したシステム、いや、単純に装置でいたい。外の世界に対して受身になって、影響されてしまうのが厭《いや》なのだ。
それに、本来、そんなことはぼくという装置にとってはありえないことだって思う。
だって、ぼくの外にね、確かに世界はあるけど、そもそも、それは、なんていうのかな、ぼくが考えるように存在しているわけでしょう?
簡単に言っちゃえば、ぼく自身が外界を創り上げてるってこと。
ぼくという装置が自分で判断して、ある、って認めたものだけがぼくにとって意味がある。そういったもののみが、本当に存在する。
たとえばね、ぼくが忘れてしまえば、ぼくが外界にあるものとして認めなければ、山口だって相原さんだって、いなかったことになる。
いや、相原さんの場合は、実際に、もう存在していない。
彼だった部分は、そのへんで二酸化炭素になってたり鉄のサビになってたり、一部は山口の部屋でカルシウムのかたまりになってたりする。
なんか変な話になってきちゃった。
それで、妹は、彼女にとっての外界、文字通りの外の世界に出かけるための準備をしている。シャワーを浴び、化粧をする。
さっきまで母親と口論していたのだ。
海岸沿いのクラブのリニューアル・オープンに、友だちと呼ばれてるんだって。
夜遊びにでようとする娘を、母親は家に繋《つな》ぎ止めておきたい。おそらくは日本中のあちこちで支払われているむなしい努力。
そう、ぼくにとっては、まったくひとごとの言い方しかできないよね。どっちに味方したいわけでもない。
それで結局はいつものように妹が母親を押し切って、ぷんぷんしながら支度をはじめる。当てつけにドアをばたんばたんいわせるのが、ぼくの部屋にも聞こえてくる。
ぼくは机に向かってはいるけれど、何をしているわけでもない。昼間の山口とのことを思い出しているだけだ。
健全な交際をするぼくと山口は、妹とは違って、午前中に会った。
電車に乗って街に出て本屋に行って月刊陸上競技を買い(山口はとてもていねいに雑誌を数冊立ち読みしてから、それとはまったく関係なく最初から決まっていたらしい文庫本をレジにもっていく)、駅の裏手にあるこぢんまりとしたイタリア料理の店で、冷たいスープに、アンチョビーのスパゲッティとフェトチーネ、グリーンサラダをとって半分ずつにした。
濃い色の野菜が少し不足していることは問題だけど、それらは、それだけで楽しいことだ。
けれども、ぼくたちは、あらかじめ定められた時刻、山口の母親が家を出る時刻が近づくと、そわそわと席を立つ。
そして、健全な交際をするぼくと山口は、家族の留守の山口の家に行って、山口の部屋のベッドに横になる。エアコンを強にして。
すでに、ぼくたちは裸になっている。
ぼくは、山口の脚に触れる。山口の小さい足の指、それらをぼくの手が包む。山口は、くすぐったそうに、ピクッと縮む。
足の先から手をすべらせていく。走るためではなく生まれてきた脚、いや、少なくともこれまでそんなには走るために使用されていない脚の柔らかさに、ぼくは驚く。
山口の左脚は、膝《ひざ》から上が太くならない。直線によって構成され、同じ太さのまましばらくのぼって、つけねに到着する。
ぼくは左脚を愛撫《あいぶ》する。何回も。何往復も。
それから、ぼくは山口にかがみこむ。
ぼくは、ぼくの顔を山口のヘアに押しつける。そして完全には閉じられることのない両脚のすきまに舌をのばす。
山口の下腹部が、数回、軽く上下する。山口の両手がぼくの頭をおさえ、そしてそれから指をひろげてぼくの髪をすく。それは、それ以上ぼくが進んでいって山口のからだの中にはいっていってしまうのをとどめているようでもあるし、それを望んで誘っているようでもある。
すきまがひろがる。
ぼくは、山口の股間《こかん》にキスする。海の香りが強くなる。夏の朝の海だ。
ぼくは、山口の、おそらくはクリトリスと呼ばれている部分の包皮を舌でめくる。ぼくは、山口の小陰唇をぼくの唇ではさむ。
山口の小陰唇は左側が大きい。ぼくのキスでそれはふくらみ、厚みを増す。
左右の差は山口の不自由な脚の形状によるためなのだろうか。それとも、妹の耳の話みたいに、相原さんが左だけ吸い続けたせいなのだろうか。
ぼくは、山口の両膝の裏に手をあて、それ以上には拡がらないくらい脚を拡げ、抱え込む。なぜかベッドの上で正座したぼくの前に、山口の下半身がある。拡げた脚の間、陰毛の向こうに眼を閉じた山口の顔が見える。
山口は美しい。ベッドに乱れてひろがっている髪の中の山口の顔は、山口の股間よりも、はるかに美しい。
ぼくは感動して、山口の唇にキスするために、寄り添う。ぼくのからだと山口のからだが、まっすぐになる。
山口の手がぼくに向かってのびる。
ぼくのペニスは小さいままだった。まったく、力をもとうとしない、ぼくのペニス。
ぼくは山口のことを愛していた。それは間違いないはずなのに。
しばらく、そのまま、ふたりとも動かないでいた。
ぼくのペニスから手をはなすと、山口は、黙ったまま、からだを起こした。
横になっているぼくの下腹部に山口の髪がすれるのがわかる。山口のあたたかい息がかかる。
やがて、それは冷たいため息に変わる。
本当に、ぼくは、女の子とは寝ることができないのだろうか。
妹の部屋のドアが開く音がする。
ぼくが自分の部屋のドアを開けると、廊下で妹が振り向く。
妹は、光を反射する、とても小さな、ほとんど実用には供さないと思われるバッグを持って立っている。
ぼくは、妹に向かって言う。
「いいかなあ、ぼくも一緒に行って」
妹は、驚き、ぼくの顔を見つめる。
そして、歓迎の微笑みを浮かべる。