シューズ買いに行ってたのよ、俺は。
スパイクじゃなくて、アップやジョッグのときにはくやつ。ウエアなんかはさ、ま、どうでもいいようなもんだけど、靴は少しはちゃんとしてないとね。
実際、毎日みたいに走ってると、すぐに底がヘタってくる。新しいの買うと、クッションが全然違うんで気持ちがいいの。
もちろん、俺ぐらい速くなったら、道具なんてあまり関係ないけどね。
うるさいやつがいんのよ、陸上部には。遅いくせに、シューズだとかウエアだとか、そんなもんにばっか気がいってんの。
ランバードのニューモデルがすごくいいとか、スパイクのピンがプラスチックになると金属に比べてあーだとかこーだとか、いっつも、そんな話。おまえら、表出て裸足で勝負しようぜ、って言いたくなる。
夕方になってもムアーって暑い日だった。
で、街を歩いてる女の子たちが肩や背中出してたりするでしょ。そういうの見ると、オーって思ったりして、俺、たまってんのかしら。
シューズ買い終わって、エスカレーターに乗ろうとしてたの。
声かけられちゃった。
「お久し振り」
って。
何よ、このおばちゃん。あの、色がだんだん薄くなるサングラスして、髪をキンキンに染めてる。
俺、変な顔してたのかな、おばちゃんは、サングラスを上にあげた。
なーんだ、広美じゃないの。なんか下着みたいな服着てて、ここは明るいスポーツのための店なんだぜ。全然似合わない。
「何してんの?」
って、思わず訊《き》いちゃった。
「買い物に決まってるでしょ。水着よお、水着」
威張ってんの。
ハワイ行くんだって、お店のママたちと。いいわねえ。
で、俺、その水着選びにつきあうことになった。
地下の売り場。
女の子の水着がドーンって並んでて、なんか、すごい。シーズンとしてはさ、もう盛りを越えた感じじゃない。だって、八月にはいってるんだから。
でも、案外、客はいるのね。ハンガーにかかった水着、からだにあてて鏡に映したりしてんの。それ見たら、伊田のこと思い出しちゃった。俺、学校の体育の時間以外に泳いだのって、あの合宿しかないんだから。
一緒にハワイ行きたいねえ、伊田さん。
広美は、まず自分で目つけたやつ、ふたつ試着してみるって。
でもね、それが、ちゃんとした試着室じゃないの。季節ごとの特別な会場だからなのかな。カーテンの中で着替えるやつ。
それって、下の方がかなりあいてて、足の先が見える。着替えてる子が、いま、どんなかっこうしてるのか想像できて、これ、なかなかいい仕組ね。
広美に会ったのは、たしかに久し振り。
伊田の追っかけしだしてから、電話で話もしてなかった。俺って、そういうとこあったのね。知らなかった。いままでだったら、わりとマメにいろんな子に声かけてたのに、そんなひとりの女の子に一生懸命になるなんて。
それで、広美がカーテン小さく開けて、手出して呼ぶの。
だから、俺がそばに行ったら、いきなり俺の頭つかんでカーテンの中にいれる。何すんだよって思ったけど、
「どう? ちょっと、どんくさい感じじゃない?」
ふつうだったら、こういうのは派手すぎるっていうぜ。腰骨まで切れ上がってるじゃないの。
広美のからだって、肉がたっぷりついてて、尻《しり》なんかちょっと垂れてて、なんかすごくいやらしい。
で、
「そうかもね」
って、適当に返事したら、
「こっち、着てみる」
って。
で、俺、また引き下がった。
店の人はふたりにまかせとこうって考えてんのか、出てこない。俺、からだでかくて昔から年とって見えるけど、広美のボーイフレンドっていうのは、あんまりだぜえ。
また、手が出るんでカーテンの間に顔突っ込んだら、ふたつ目はビキニ。豹《ひよう》の毛皮みたいな柄で、下の方はVみたいな形してんの。
「どうかな?」
広美ったら、そう言いながら、そのVを引っ張り上げる。横から毛がはみでちゃった。
くるっと回って後ろ姿までサービスしてくれんだけど、ほとんど、ふんどし。尻が全部見える。
「もっと、すかしたのないの、ここ?」
お尻振って文句いう。
あのね、この店はスポーツのグッズなのよ、もともと。