海岸沿いには、最近いろいろな店が増えてきていた。
増えてる、っていうのは、ぼくが引越してきたころと比べての話。だから、この六年間ぐらい。
数だけじゃなくて、前はサーフ・ショップみたいな小さいのが多くて、どっちかっていうと素朴な、海に直結してた感じだったのが、このごろは大型のレストランというかディスコというかクラブというか、そんなタイプが増えてきた。
で、妹と行ったのも、そういう店のひとつ。夏の途中で改装したあとのパーティ。
妹に言わせると、
「ふつうは簡単にははいれないのよ」
って、自慢するようなことらしい。
でも、うちから歩いて行ける距離にあって、ぼくは毎朝その前の砂浜を走ってるんだけど。それに、この前までは、つぶれちゃったラーメン屋の横の空地だったって印象。
ぼくがたいした反応を示さなかったせいか、
「お兄ちゃんが行ったって言ったら、きっと、斎藤君たち、うらやましがるわよ」
妹はバッグを振り回す。
斎藤がどう思ってもいいんだけど、ぼくの場合、たとえば代々木の国立競技場のトラックに内緒で入れてくれて、八〇〇メートルのタイムトライアルをしてもいいよって言われたら、それはそれは嬉《うれ》しい。
似てはいないのかなあ。
それで、パーティは、盛況と言えるんだろう。DJがしゃべって音楽がかかって挨拶《あいさつ》があってゲームがあって、暗くなったり明るくなったり。
ぼくは、妹の友だちというのに紹介されるのに結構忙しくしていた。店に来てる男は、ほぼみんなぼくより年上で大学生みたいなのが多かったけど、女の子は妹と同じぐらいの子や高校生も。
楽しいかって訊かれたら、楽しいのかな。
ぼくは単なる装置、店内のアンプやスピーカーと同じだから、感情は持たないことにしている。店の中を眺めているだけだ。
そしたら、後ろから腕をつかまれた。
山口だった。
「来るんだったら、最初から一緒に来たかったのに」
山口は、ぼくの腕をつかんだまま。いつもと違って見えるのは化粧が濃いせいなのだろうか。それとも少し酔っている?
「うん。そうだね。いまは夜は走ってないし」
なんか変な返事をしてしまったのは、ぼくもバーボンのソーダ割のせいだ、というわけではない。夕方、別れたときが、山口の家から出てくるときが、どうも、もうひとつだったからだ。
山口はタバコに火をつける。
強く吸い込んでから、また、ぼくの腕をつかむ。
ぼくは、タバコを吸う山口を見るのは初めてだな、と考える。
昼間、いつもぼくと会っているときと、山口はずいぶん違って見えた。それが、ぼくを驚かせる。
けれど、踊っている山口は美しかった。歩いているときのように脚が不自由なのを感じさせない動き。
ぼくは山口を見ているのが好きなのだと思う。パーティに何人女の子がいるのか知らないけれど、踊っている山口よりきれいな子はいない。妹が聞いたら怒るかな。
山口は妹どころではなかった。やたら知り合いがいるようで、ぼくもいろんな男や女に話しかけられて、顔を覚えようという努力をとっくに放棄していた。
そう、ぼくは楽しかったのかもしれない。
パーティが終わらないのを願っていたことに、その時間がきてから気づいたのだから。
妹は友だちと一緒に岬の方でもう一軒行くと言い、たぶんは紹介されただれかの車に乗った。
「お母さんによろしくね」
妹は手を振る。
駐車場が急に静かになった。
ぼくは、山口と砂浜に降りた。
波が砕けるところでは、夜光虫が光を放っていた。沖からきた波が盛り上がり、ひと息にくずれると、帯状に緑の光が走る。ぼくは、あの海の温度を知っている。
夜の海は意外に暖かいのだ。夜光虫の光に包まれたときの記憶。
山口はぼくの手を握る。強く握る。
立ち止まったぼくに、背後から抱きつく。
「ねえ、もう一回試してみよう?」
山口がささやく。