やあ、ぶったまげたぜえ。
俺さあ、家の知り合いの仕事の手伝いでこの辺の海の家には来てたけど、それだけだったのね。海岸ぞいの国道に建ってるケンタッキーみたいなとこまでしか知らなかった。
それが、奥がこんなになってたなんてさ。
乗換えの駅で電話しておいたんで、電車降りたら広瀬がホームで待っててくれた。こいつ、試合のときとか合宿所の感じでは愛想悪かったくせに、意外にマメなのね。
手を出して伊田の荷物まで持とうとするの。こういうことが照れずに出来るのって、なんなんだろ。伊田は軽く首振ってことわったけど。
で、
「暑いから、近道しよう」
とか言って、広瀬が前に立って歩き出した。
駅のホームから直接裏山にのぼってくんで、まず、驚いたね。ひとり分の幅しかない狭い階段。それが砂みたいな土みたいなとこに木をあてて作ったやつで、両側は腰ぐらいまで草が生えてる。なんちゅう田舎に来たのかと思ったね。振り返ると、海、だし。
そこを抜けて舗装してある細い道に出た。だらだらした坂になってて両側に家が並んでいる、くっさいなって思って、さすが海の匂いはすごいなって感心してたら、ブロック塀ごしに網が干してあるのが見えるじゃないの。あの、魚とる網よ。
ふーん。
こりゃ、小学校のときの作文。夏休みにおばあちゃんちに行ってきました。おとうさん、おかあさんといっしょに、じゃなくて伊田とだけど。フッフッ。
細い道が突き当たって、崖《がけ》になって行き止まりかと思ったら、また、階段だった。今度はコンクリートに陽が反射してまぶしくて、めちゃくちゃ急。立派な金属の手すりが真ん中についてる。
「ちょっと、たいへんだけど」
って言って、広瀬はのぼってく。
八〇〇メートルのトレーニングには向かないね。ほとんど、登山じゃないの。
休憩するためみたいに広くなったところが途中にあって、そこも越えて階段をのぼり切ると、そこは日本じゃなかった。
いや、ぶったまげたね、ホント。
道の幅が広い。二車線なんだけど、すごくゆったりしてて、車が、もう、ごくたまにしか来ない。歩道もひろい。それで、その歩道にね、椰子《やし》の木なんか植わってんの。なに、このセンス。
建ってる家の一軒一軒の間が、ものすごく離れていた。
空気がきれいで陽射しが強いせいもあるのかな、白っぽい家が多い気がする。それで、道路からはあちこちの庭の芝生。
ふだん物事に動じない感じの伊田も、ちょっと驚いたみたいね。
サンバイザーかぶった女の人がホースで水まいてて、だいぶトシいってるんだろうけど、かっこいいのよ。切れ上がったジョギングパンツにピンクのぴったりした短いタンクトップで、腹出してるの。ブラジャーしてなくて、乳首がプクってしてるのがわかる。
広い道から一本はいったところに広瀬の家があった。
金属の扉の内側に手を入れて鍵《かぎ》を外して、先に中にはいって門を手でおさえたまま、
「どうぞ」
って、広瀬は言った。
なんか、お上品ね。
広瀬の家も、庭はやっぱり青々とした芝生だった。
半地下式になったガレージには二台分のスペースがあって、奥に紺のジェッタが止まってた。もう一台は出かけてるようだった。
広瀬クンちってお金持ちみたいね。
ま、車の話だったら、うちの親父の黒い窓ガラスのベンツには勝てないだろうけど。