ゴールのラインのすぐ近くのスタンドに、妹と山口が陣取っていた。
ぼくは一コース。一番内側からのスタートだ。カーブはきつくなるのだけど、ぼくはこのコースは嫌いではない。他のランナーの動きを見ながら走れるから。
腿《もも》から膝《ひざ》を通ってふくらはぎ。両脚を両手でパンパンとたたく。そして、また、その逆の順番で。いつのまにか身についてしまったスタート前の儀式。
きょうはウォーミング・アップのときから、からだがとても軽かった。このレースに合わせた調整がうまくいったようだ。
「予想は?」
って、昨日、妹が訊《き》くから、
「一着、広瀬。二着が中沢」
って答えた。
「中沢君に負ける可能性はないの?」
妹は、ぼくをからかうように言う。
地区予選で、中沢が相当にいいタイムを出したことは、妹に話してあったのだ。
「90%、ない」
確かにぼくは夏の練習が不十分ではあったけれど、中沢とぼくではそれまでの蓄積、というか、もともとの実力、レヴェルが違う。
「相変わらず、すごい自信」
そう言って、妹は笑った。
でもね、90%勝つってことは、10%負ける可能性があるってこと。これは、なかなかなことだよ。相手にならないくらい自信があるなら、99%って言うよ。
スタートラインにつく。
審判による最後の確認。名前とゼッケン。
四コースの中沢は、ただ背が高いだけでなく、前にくらべてからだが引き締まってきた感じがする。
やっぱり要注意だ。
「位置について」
ぼくは右足のつま先に体重をかける。スパイクのピンが全天候のトラックにひっかかるのがわかる。
ピストル。
ぼくは、なめらかに走り出す。ストライドを大きくとるように心がける。力まないことが大切だ。
他の七人の動きが目にはいってくる。中沢が先行している。ぼくはそれに合わせる。
この八〇〇メートルを確実に優勝しておかなければならなかった。それもできれば最小限の疲労で。
新人戦は、学校対抗の得点の争いの場でもあるのだ。記録よりも順位が目標。ぼくは、他にもまだ四〇〇メートルとマイル、一六〇〇メートル・リレーの三走をする。どちらも、入賞を期待されている。
コーナーを抜けるとコースがオープンになる。
だんだんに内側、ぼくの走っているコースへと他のランナーが寄ってくる。中沢が一番前に出てきた。ぼくは、一瞬に加速してインから中沢を抜き、抑える。
ぼくがトップだ。
作戦どおり。