なかなか広瀬が抜けなかった。
一周してしまう。
スタンドのアナウンスがガーガー言ってんの。
「大会記録も期待できます。ご声援ください」
とか。
そんなこと、どうでもいい、俺には。広瀬に勝って、一位になることだけが大切なんだ。
鐘。
あと四〇〇。
前へ出ようとする俺を、広瀬は肘で突いてくる。
俺の左腕に痛みがはしる。たいしたもんだ。腹は立たなかったね。コーナリングをしながら、さも、外側の腕が自然に開いたみたいに、当ててくる。審判が間近に見てても、気づかないようなうまいやりかただ。
第二コーナーの出口、俺は、一気にダッシュし、上体をやや突っ込むように前に出した。と、同時に、左腕を伸ばして振り払うようにして広瀬をけんせいし、すぐ内側に切れ込む。
俺がトップだ。
バック・ストレート。広瀬が遅れていくのが背中でわかる。どんどん離れていく。
俺、朝から、忘れよう、忘れようとしてきてた。
この新人戦の会場は、夏の強化合宿をしたあのスタジアムなんだ。伊田が走ってハードル跳んでたとことか、伊田と散歩したところとか、みんな見覚えがある。
当然だよ。あれから、まだ、三か月もたってないんだ。伊田は、あのころ、俺の彼女だったんだぜ。
俺、目がいくのを抑えられなかった。
あのバック・ストレートの終わり、第三コーナーにかけてのトラックの外の芝生で、俺たち、横になってた夜があったよな。伊田と、俺と、広瀬とでだ。
あれは、いい夜だったよな、絶対。これから、どんなことがあったって、それだけは、変わんないよな。
七〇〇メートルを越えた。
気持ちいいぜ。やっぱ、走るっていうのは、一番前を走ることだ。
俺はさ、中沢龍二はさ、これからどんなときだって、全力で、トップで生きてくぜ。
見ててくれよな。