お星さんを 追ってはいけないよ
お月さんを 追ってはいけないよ
けものを追って 森の中
暗い 暗い 森の奥
お星さんの眠る 森の奥
お月さんの眠る 森の奥
お前さんの眠る 森の奥
お星さんを 追ってはいけないよ
お月さんを 追ってはいけないよ
悠木はソファで朝を迎えた。
眠った記憶はなかった。ずっと朝を待っていた。壁の時計は五時を少し回っている。外で音がする。走っては止まり、また走り出す。新聞配達のバイクのエンジン音は徐々にこの街区に近づきつつあった。
五時十分。悠木はおもむろに立ち上がり、玄関に向かった。サンダルをつっ掛け、郵便受けから新聞の束を抜き取った。
居間に戻り、テーブルの椅子に腰掛けた。他社の新聞より先に北関を開くなど滅多にあることではない。
読者投稿欄『こころ』──。
≪日航機事故特集≫と銘打ってあった。すぐに目が止まった。最下段に、望月彩子の投書が組まれていた。指示した通り、匿名になっている。文章は一字一句|弄《いじ》られていなかった。
六時まで待って、社の大部屋に電話を入れた。
〈はい、キタカンです〉
不寝番は一年生記者だと承知していたが、耳に吹き込まれた声は、紛れもなく佐山のものだった。彼らしい義理の立て方だと思った。胸に湧き上がった温かいものを押し退けるようにして悠木は言った。
「抗議の電話はどうだ?」
〈これまでに五件入ってます〉
「内容は?」
〈遺族の気持ちを考えてみろ──すべてそうです〉
一拍置いて、悠木は質問を接いだ。
「遺族からは?」
〈一本もありません〉
密やかに吐き出した互いの息が受話器の中で重なった。
「そこに電話対応は何人いる?」
〈ソフトな奴を四人用意しました〉
「わかった。俺も早い時間に出社する」
電話を切り掛けた時、佐山が早口で言った。
〈悠さん──本当のところ、俺は納得してはいません。あれを載せてよかったのかどうか、正直言って判断つきません〉
「俺もだ」
〈悠さん……〉
「わかろうがわかるまいが、やらなきゃならない時はあるだろうが」
〈それはそうですが、今回のがそうだとは──〉
「俺にとってはそうだったんだ」
悠木は語気を強めた。佐山を言いくるめようとしている自分に苛立っていた。
電話を切り、身支度を整えていると、弓子が起き出してきた。
「もう?」
「ああ」
「事故の関係?」
「そうだ」
悠木は足早に居間を出た。
上がり框《かまち》で靴べらを手にし、背後に近づくスリッパの音に振り向いた。
「会社な、辞めることになるかもしれない」
弓子の寝惚け顔が瞬時に目覚めた。
「あなた──」
「まだわからない。だが、覚悟だけはしといてくれ」
頬も目元も攣《つ》れていた。弓子の、そんな顔を見るのは初めてのことだった。
悠木は引力に抗する思いで玄関を出た。
弓子の脅えは、そのまま自分の脅えなのだと思い知っていた。