日语童话故事 日语笑话 日语文章阅读 日语新闻 300篇精选中日文对照阅读 日语励志名言 日本作家简介 三行情书 緋色の研究(血字的研究) 四つの署名(四签名) バスカービル家の犬(巴斯克威尔的猎犬) 恐怖の谷(恐怖谷) シャーロック・ホームズの冒険(冒险史) シャーロック・ホームズの回想(回忆录) ホームズの生還 シャーロック・ホームズ(归来记) 鴨川食堂(鸭川食堂) ABC殺人事件(ABC谋杀案) 三体 失われた世界(失落的世界) 日语精彩阅读 日文函电实例 精彩日文晨读 日语阅读短文 日本名家名篇 日剧台词脚本 《论语》中日对照详解 中日对照阅读 日文古典名著 名作のあらすじ 商务日语写作模版 日本民间故事 日语误用例解 日语文章书写要点 日本中小学生作文集 中国百科(日语版) 面接官によく聞かれる33の質問 日语随笔 天声人语 宮沢賢治童話集 日语随笔集 日本語常用文例 日语泛读资料 美しい言葉 日本の昔話 日语作文范文 从日本中小学课本学日文 世界童话寓言日文版 一个日本人的趣味旅行 《孟子》中日对照 魯迅作品集(日本語) 世界の昔話 初级作文 生活场境日语 時候の挨拶 グリム童話 成語故事 日语现代诗 お手紙文例集 川柳 小川未明童話集 ハリー・ポッター 新古今和歌集 ラヴレター 情书 風が強く吹いている强风吹拂
返回首页
当前位置: 首页 »日语阅读 » 日本名家名篇 » 吉川英治 » 正文

平の将門72

时间: 2018-11-24    进入日语论坛
核心提示:訴訟文 その頃、坂東地方から京都への往還《おうかん》には、東海道と東山道の二道が動脈となっていた。 東山道は、碓氷《うす
(单词翻译:双击或拖选)
 訴訟文
 
 
 その頃、坂東地方から京都への往還《おうかん》には、東海道と東山道の二道が動脈となっていた。
 東山道は、碓氷《うすい》を越えて、信濃高原を経て、木曾路へ出るのである。もちろんこの方が日数はかかるが、右馬允貞盛は、途中、訪うべき人もあったので、こんどの帰洛には、東山道をえらんだ。
「折よく、いて下さればよいがな」
 貞盛は馬の上から、供の郎従たちへ、何度もいった。
「いや、おられましょうとも。通る駅路で訊いてみても、近頃は田沼の館にひき籠ったきりで、めったに、お旅立ちなど見かけないそうですから」
 供のひとり、貞盛の侍臣牛浜忠太がそう答える。
 一行は主従十二名、騎馬は貞盛と忠太だけで、ほかは徒歩だった。いや、もう一人、進物の荷を積んだ馬一頭を、小舎人が手綱で曳いて行く。
 まぢかに、赤城の長い山裾が、くっきりと夏空を劃して見えた。田沼の宿は、東山道から横へ数里、北方にはいりこんでいる。押領使、藤原藤太秀郷の役邸がそこにあり、すこし離れた田原には居館がある。そこで、田原藤太秀郷とも人は称《よ》んだ。
「ほう。右馬允貞盛。あの貞盛が、訪ねて来たとか。ま、通せ通せ。……何日《い つ》かは来るだろうと思っていたところだ」
 田原の館の宏大な門に、旅人たちの馬は繋《つな》がれていた。
 主の秀郷は、もう六十に近かった。地方人で、藤原の姓を称《とな》えている者は、めったにない。それ程、藤原氏の姓は、中央的な、また貴族階級的な匂いと、特権性をふくんでいた。
 しかし秀郷は、都人でも、貴族の流れでもなかった。生れながらの坂東骨《ばんどうぼね》——未開地人の野性逞《たくま》しき男である。
 もっとも、母は藤原氏から出た者の女であるから、母方の家系を辿って、都の大官と近親をむすび、母姓の藤原氏を名乗ることは出来たにちがいない。
 それをみても、若いうちから、相当な策士でもあり、野心のつよい性質で、地方人特有な“顔きき”に成るべく、早くから心がけていたことが分る。そして彼は、まんまと志を遂げた成功者であるといってよい。
 この地方における彼の官職は、押領使兼下野《しもつけ》ノ掾《じよう》である。
 押領使の任は、治安、警察、司刑などの職権をもち、掾は、徴税を監察するにあった。つまり後世の八州十手預りの顔役を配下にもち、併せて、税吏を督す位置にあったのであるから、これ以上な睨《にら》みはない。その上、多くの郎党を養い、眷族《けんぞく》もみな、土地、武力を蓄え、東山道から吾妻《あがつま》山脈をうしろにして、坂東の大平原に、南面している形であった。
「じつに、久しいこと、お目にかかりませんでしたが、いよいよ御壮健のようで」
 客殿に通された貞盛は、長上の礼をとって、主へ、あいさつした。
「いや、あなたも、さすがお立派になられたの」
 秀郷もまた、鄭重に、彼を迎えた。そして、
「……いや申しおくれたが、お父上の国香殿の御死去。はるかに、お噂はきいた。さぞ御無念でおわそう。お悼《いた》み申しあげる」
「都にて、報らせをうけ、まったく仰天いたしました。葬儀のため、帰国いたしましたが、その節には、ねんごろな御弔使をさし向けられ、また、霊前へ種々《くさぐさ》のおん手向《たむ》け物など賜わり、一族、お心のほどを、みなありがたく存じております」
「なんの、心ばかりじゃよ。——が、困ったものだの。その後も、騒乱はやまず、源護の子息三人までも、将門に討たれたとやら、この地方まで、えらい噂だが」
「何もかも、お聞き及びでしょうが、今は、宿怨《しゆくえん》に宿怨が積もり、解きがたい争いとなりました。悪くすると、これは、大乱の兆しもみえまする」
「どうして、ひとりの将門を、嵯峨源氏の力や、あなたや、また良兼、良正殿まで揃っていて、抑えられぬのか」
「あいにくと、ここ数年間、飢饉がつづきました。それらの飢民や浮浪の徒を加え、良持殿からの旧領の地ざむらいが、みな、豊田の郷に集まり、将門をおだてあげて、乱によって、利を食おうとしています。ですから、その兇暴なこと、当るべからずです」
「そこで、あなたは、どういうお考えでおられるのじゃ」
「なにぶん私は、右馬允の官職を奉じ、都に在勤の身ですから、父国香の葬儀もすんだ以上は、どうしても、一たん帰洛いたさねばなりません」
「うム。ごもっともだ」
「将門の乱暴、眼に余るものがあり、これ以上、乱の波及を坐視してはおられませぬ故、帰洛のついでに、源護どのの訴状と、叔父良兼、良正の上訴《じようそ》文を携帯して、中央の府に訴え出で、太政官《だいじようかん》の下文《くだしぶみ》を賜って、征伐いたすしかないと思いきめておりまする」
「なるほど」
「そういうわけで、都へ急ぐ途中ではありますが、先に、御弔使を賜ったまま、つい今日までも、騒乱に暮れて、御音信を欠いておりましたので、途《みち》のついでと申しては、失礼ですが、お礼に参じ出た次第でございます。父なきあとも、どうか、以前にかわりなく、何かと情けを仰ぎまする」
 と、貞盛は、馬に曳かせてきた数々な弔礼の返物と手みやげとを、次の室に積ませて、秀郷へ贈った。
轻松学日语,快乐背单词(免费在线日语单词学习)---点击进入
顶一下
(0)
0%
踩一下
(0)
0%