一
そよ風のうごくたびに、むらさきの波、しろい波、——恵林寺《えりんじ》うらの藤《ふじ》の花が、今をさかりな、ゆく春のひるである。
朱《しゆ》の椅子《いす》によって、しずかな藤波《ふじなみ》へ、目をふさいでいた快川和尚《かいせんおしよう》は、ふと、風のたえまに流れてくる、法螺《ほら》の遠音《とおね》や陣鉦《じんがね》のひびきに、ふっさりした銀《ぎん》の眉毛《まゆげ》をかすかにあげた。
その時、長廊下《ながろうか》をどたどたと、かけまろんできたひとりの弟子《でし》は、まっさおな面《おもて》をぺたりと、そこへ伏《ふ》せて、
「おッ。お師《し》さま! た、大変《たいへん》なことになりました。あアおそろしい、……一大事《いちだいじ》でござります」
と舌《した》をわななかせて告《つ》げた。
「しずかにおしなさい」
と、快川《かいせん》は、たしなめた。
「——わかっています。織田《おだ》どのの軍勢《ぐんぜい》が、いよいよ此寺《ここ》へ押しよせてきたのであろう」
「そ、そうです! いそいで鐘楼《しようろう》へかけのぼって見ましたら、森も野も畠も、軍兵《ぐんぴよう》の旗指物《はたさしもの》でうまっていました。あア、もうあのとおり、軍馬の蹄《ひづめ》まで聞えてまいります……」
いいもおわらぬうちだった。
うら山の断崖《だんがい》から藤《ふじ》だなの根もとへ、どどどどと、土けむりをあげて落ちてきた者がある。ふたりはハッとして顔をむけると、ふんぷんとゆれ散った藤《ふじ》の花をあびて鎧櫃《よろいびつ》をせおった血まみれな武士《ぶし》が、気息《きそく》もえんえんとして、庭《にわ》さきに倒《たお》れているのだ。
「や、巨摩左文次《こまさもんじ》どのじゃ。これ、はやく背《せ》のものをおろして、水をあげい、水を」
「はッ」と弟子僧《でしそう》ははだしでとびおりた。鎧櫃をとって泉水の水をふくませた。武士は、気がついて快川《かいせん》のすがたをあおぐと、
「お! 国師《こくし》さま」と、大地へ両手《りようて》をついた。
「巨摩どの、さいごの便《たよ》りをお待ちしていましたぞ。ご一門はどうなされた」
「はい……」左文次はハラハラと涙《なみだ》をこぼして、
「ざんねんながら、新府《しんぷ》のお館《やかた》はまたたくまに落城《らくじよう》です。火の手をうしろに、主君の勝頼公《かつよりこう》をはじめ、御台《みだい》さま、太郎君《たろうぎみ》さま、一門のこり少なの人数をひきいて、天目山《てんもくざん》のふもとまで落ちていきましたが、目にあまる織田徳川《おだとくがわ》の両軍におしつつまれ、みな、はなばなしく討死《うちじに》あそばすやら、さ、刺《さ》しちがえてご最期《さいご》あるやら……」
と左文次《さもんじ》のこえは涙にかすれる。
「おお、殿《との》も御夫人もな……」
「まだおん年も十六の太郎|信勝《のぶかつ》さままで、一きわすぐれた目ざましいお討死《うちじに》でござりました」
「時とはいいながら、信玄公《しんげんこう》のみ代《よ》まで、敵《てき》に一歩も領土《りようど》をふませなかったこの甲斐《かい》の国もほろびたか……」
と快川《かいせん》は、しばらく暗然《あんぜん》としていたが、
「して、勝頼公の最期のおことばは?」
「これに持ちました武田家《たけだけ》の宝物《ほうもつ》、御旗楯無《みはたたてなし》(旗と鎧)の二|品《しな》を、さきごろからこのお寺のうちへおかくまいくだされてある、伊那丸《いなまる》さまへわたせよとのおおせにござりました」
そこへまた、二、三人の弟子僧《でしそう》が、色を失ってかけてきた。
「お師《し》さま! 信長公《のぶながこう》の家臣が三人ほど、ただいま、ご本堂から土足《どそく》でこれへかけあがってまいりますぞ」
「や、敵が?」
と巨摩左文次《こまさもんじ》は、すぐ、陣刀《じんとう》の柄《つか》をにぎった。
快川《かいせん》は落ちつきはらって、それを手でせいしながら、
「あいや、そこもとは、しばらくそこへ……」
と床下《ゆかした》をゆびさした。急なので、左文次も、宝物《ほうもつ》をかかえたまま、縁《えん》の下へ身をひそめた。
と、すぐに廊下《ろうか》をふみ鳴らしてきた三人の武者《むしや》がある。いずれも、あざやかな陣羽織《じんばおり》を着、大刀《だいとう》の反《そ》りうたせていた。眼《まなこ》をいからせながら、きッとこなたにむかって、
「国師《こくし》ッ!」
と、するどく呼《よ》びかけた。