三
とたんに、朱柄《あかえ》の槍《やり》は、一本の火柱のごとく、さッと五本の乱刀を天宙《てんちゆう》からたたきつけた。
わッと、あいての手もとが乱れたすきに、若者はまた一声「えいッ」とわめいて、ひとりのむなさきを田楽刺《でんがくざ》しにつきぬくがはやいか、すばやく穂先《ほさき》をくり引いて、ふたたびつぎの相手をねらっている。
その早技《はやわざ》も、非凡《ひぼん》であったが、よりおどろくべきものは、かれのこい眉毛《まゆげ》のかげから、らんらんたる底光をはなってくる二つの眸《ひとみ》である。それは、槍《やり》の穂先よりするどい光をもっている。
「やりおったな、小僧《こぞう》ッ。もうゆるさん」
玄蕃《げんば》は怒りにもえ、金剛力士《こんごうりきし》のごとく、太刀《たち》をふりかぶって、槍の真正面に立った。かれのがんじょうな五体は、さすが戦場のちまたで鍛《きた》えあげたほどだけあって、小柄《こがら》な若者を見おろして、ただ一|撃《げき》といういきおいをしめした。それさえあるのに、あと三人の武士《ぶし》も、めいめいきっさきをむけて、ふくろづめに、一寸二寸と、若者の命《いのち》に、くいよってゆくのだ。
ああ、あぶない。
「龍太郎《りゆうたろう》——」
と、こなたにいた伊那丸《いなまる》は、息をのんでかれの袖《そで》をひいた、そしてなにかささやくと、龍太郎はうなずいて、ひそかに、例の仕込杖《しこみづえ》の戒刀《かいとう》をにぎりしめた。いざといわば、一気におどりこんで、木隠《こがくれ》一|流《りゆう》の冴《さ》えを見せんとするらしい。
ヤッという裂声《れつせい》があたりの空気をつんざいた。鬼玄蕃星川《おにげんばほしかわ》が斬りこんだのだ。朱《あか》い槍《やり》がサッとさがる——玄蕃はふみこんで、二の太刀をかぶったが、そのとき、流星のごとくとんだ槍《やり》の穂《ほ》が、ビュッと、鬼玄蕃《おにげんば》の喉笛《のどぶえ》から血玉をとばした。
「わッ——」と弓なりにそってたおれたと見るや、のこる三人の侍《さむらい》は、必死に若者の左右からわめきかかる、疾風《しつぷう》か、稲妻《いなずま》か、刃《やいば》か、そこはただものすごい黒《くろ》旋風《つむじ》となった。
「えいッ、木《こ》ッ葉《ぱ》どもめ!」
若者は、二、三ど、朱柄《あかえ》の槍《やり》をふりまわしたが、トンと石突きをついたはずみに、五尺の体をヒラリおどらすが早いか、社《やしろ》の玉垣を、飛鳥のごとく飛びこえたまま、あなたの闇《やみ》へ消えてしまった。
バラバラと武士もどこかへかけだした。あとは血なまぐさい風に、消えのこった灯《ともしび》がまたたいているばかり。
「アア、気もちのよい男」
と伊那丸《いなまる》は、思わずつぶやいた。
「拙者《せつしや》も、めずらしい槍《やり》の玄妙《げんみよう》をみました」
龍太郎《りゆうたろう》は助《すけ》太刀《だち》にでようとおもうまに、みごとに勝負をつけてしまった若者の早技《はやわざ》に、舌《した》をまいて感嘆《かんたん》していた。そして、ふたりはいつかそこを歩みだして、浜松城に近い濠端《ほりばた》を、しずかに歩いていたのである。
すると、大手門の橋から、たちまち空をこがすばかりの焔《ほのお》の一列が疾走《しつそう》してきた。龍太郎は見るより舌うちして、伊那丸とともに、濠端の柳《やなぎ》のかげに身をひそませていると、まもなく、松明《たいまつ》を持った黒具足《くろぐそく》の武士が十四、五人、目の前をはしり抜けたが、さいごのひとりが、
「待て、あやしいやつがいた」とさけびだした。
「なに? いたか」
バラバラと引きかえしてきた人数は、いやおうなく、ふたりのまわりをとり巻いてしまった。
「ちがった、こいつらではない」
と一目見た一同は、ふり捨ててふたたびゆきすぎかけたが、そのとき、
「ややッ、伊那丸《いなまる》、武田伊那丸《たけだいなまる》ッ」と、だれかいった者がある。