一
胡蝶《こちよう》の陣! 胡蝶の陣!
裾野にそよぐ穂《ほ》すすきが、みな閃々《せんせん》たる白刃《はくじん》となり武者《むしや》となって、声をあげたのかと疑《うたが》われるほど、ふいにおこってきた四面の伏敵《ふくてき》。
野末《のずえ》のおくにさそいこまれて、このおとしあなにかかった穴山梅雪入道《あなやまばいせつにゆうどう》は、馬からおちんばかりにぎょうてんしたが、あやうく鞍《くら》つぼに踏《ふ》みこたえて、腰なる陣刀をひきぬき、
「退《ひ》くな。たかの知れた野武士《のぶし》どもがなにほどぞ、一押《ひとお》しにもみつぶせや!」
と、うろたえさわぐ郎党《ろうどう》たちをはげました。
音にひびいた穴山《あなやま》一|族《ぞく》、その旗下《はたもと》には勇士もけっしてすくなくない。天野刑部《あまのぎようぶ》、佐分利五郎次《さぶりごろうじ》、猪子伴作《いのこばんさく》、足助主水正《あすけもんどのしよう》などは、なかでも有名な四天王《してんのう》、まッさきに槍《やり》の穂《ほ》をそろえておどりたち、
「おうッ」
と、吠《ほ》えるが早いか、胡蝶《こちよう》の陣《じん》の中堅《ちゆうけん》を目がけて、無《む》二|無《む》三につきすすんだ。それにいきおいつけられたあとの面々、
「それッ。烏合《うごう》のやつばら、ひとりあまさず、討《う》ってとれ」
と、具足《ぐそく》の音を霰《あられ》のようにさせ、槍《やり》、陣刀《じんとう》、薙刀《なぎなた》など思いおもいな得物《えもの》をふりかざし、四ほうにパッとひらいて斬《き》りむすんだ。
「やや一大事! だれぞないか、伊那丸《いなまる》の駕籠《かご》をかためていた者は取ってかえせ、敵の手にうばわれては取りかえしがつかぬぞッ」
たちまちの乱軍に、梅雪入道《ばいせつにゆうどう》がこうさけんだのも、もっとも、大切な駕籠はほうりだされて、いつのまにか、警固《けいご》の武士《ぶし》はみなそのそばをはなれていた。
「心得てござります」
いち早くも、梅雪の前をはしりぬけて、れいの——伊那丸がおしこめられてある鎖《くさり》駕籠《かご》の屋根へ、ヒラリととびあがって八ぽうをにらみまわした者は、別人《べつじん》ならぬ小幡民部《こばたみんぶ》であった。
かりにも、乗物の上へ、土足《どそく》で跳《と》びあがった罪《つみ》——ゆるし給《たま》え——と民部《みんぶ》は心に念《ねん》じていたが、とは知らぬ梅雪入道《ばいせつにゆうどう》、ちらとこの態《てい》をながめるより、
「お、新参《しんざん》の民蔵《たみぞう》であるな、いつもながら気転《きてん》のきいたやつ……」
とたのもしそうにニッコリとしたが、ふとまた一ぽうをかえりみて、たちまち顔いろを変えてしまった。